【自治体通信Online 寄稿記事】
自著書評(福岡市職員・今村 寛)
担当事業で庁内外からさまざまな意見や要望が出て議論百出、どうしよう…。こんな経験はありませんか? 立場や利害が異なる多様な人々が暮らしているのが地域社会。すんなりまとまらないのは、ある意味、必然かもしれません。「そんな時こそ“対話”が有効な手段です」。こう指摘するのは福岡市職員の今村 寛さん(教育委員会総務部長)。対話を通じて職場のあり方、仕事のやり方などを変えてきた今村さんは、その経験をもとに『「対話」で変える公務員の仕事 自治体職員の「対話力」が未来を拓く』(公職研)をこのほど出版しました。「対話の実践でもっと仕事をやりやすくすることができるはず」と話す今村さんに、同書の想いや活用方法等を解説してもらいます。
自治体職員向けに「対話」の本を書きました
2021年6月、私にとって2冊目となる著書『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く」』(公職研)が出版されました。
2018年12月に出版した前作『自治体の“台所”事情~“財政が厳しい”ってどういうこと?』(ぎょうせい)は、私が福岡市で2012年から2016年まで4年間務めた財政課長時代に始め2020年までの6年間で200回以上開催された「財政出前講座」の内容をまとめたものですが、今回私が書いたのは『「対話」で変える公務員の仕事』。
そもそも自治体の財政課長だった私が「対話」を語ること自体に違和感を持つ人もいるかもしれません。財政課長だった私がなぜ「自治体職員の対話」をテーマにした本を書いたのでしょうか。
八方ふさがりの自治体運営
我が国全体での人口減少が進み、少子高齢化と経済の低成長が続くなか、税収の減、社会保障費の増、公共施設の老朽化への対応など、地方自治体の財政状況は年々厳しさを増しています。
また、市民ニーズの多様化、複雑化が進んだことで、国が示す画一的な施策事業や社会資本整備で市民の満足が得られる時代は終わりを告げ、それぞれの地域や住民一人ひとりの価値観、期待に寄り添った自治体運営が求められるようになっています。
さらには近年頻発する異常気象による災害への対応、そして2020年初頭から猛威を振るう新型コロナウイルス感染症との闘いなど、市民の安心、安全な暮らしを守るための新たな業務が発生し、これまでに経験したことのない領域での活動を余儀なくされることが増えてきています。
こうした背景から、自治体組織や職員に求められる役割や能力も複雑化、高度化していますが、職員定数の削減が進み組織が硬直化するなかで、職員のマンパワーが足りない、組織マネジメントがうまくいかないなどの課題を多くの自治体が抱えています。
まさに八方ふさがりの自治体運営ですが、私たち自治体職員はこれを投げ出すわけにもいきません。
なぜ今「自治体職員の対話」なのか
政策選択における多様な意見の調整。縦割りの弊害を打破する分担と連携。組織文化の違うセクターとの相互理解と協業。私たち自治体職員の仕事を進めていくうえで課題になっているのは「他者との関係性」です。
私たち自治体職員は、個人ではなく自治体という組織で仕事をしています。そして自治体そのものが、さまざまな考えを持ち、多様な立場、環境に置かれている市民一人ひとりの福祉の向上を図ることを目的づけられています。
さらにその実現にあっては、自治体だけでは果たしえない役割や機能について自治体外部の力を借り、協力を得ながら進めていかなければなりません。
私たち自治体職員は、違う立場の他者と連携し、違う価値観を持った者同士の合意形成を図り、違う文化に生きる者と協力しあうことが求められています。
そのためには自分が相手のことを理解し、自分のこともまた相手に理解してもらう意思疎通が必要になります。
その手段が、この本のテーマである「自治体職員の対話」だというわけです。
私が「対話」の本を書いたわけ
私は財政課長時代に、職員一丸となって行財政改革を推進するための取り組みのひとつとして「財政出前講座」を始め、本庁、出先を問わず、幅広い職種、年齢の市職員と自治体財政について「対話」してきました。また、勤務時間外に組織や職責を離れ自由に「対話」を楽しめる場として始めたオフサイトミーティング「明日晴れるかな」はすでに9年間続いています。
私はこれらの場づくりで得た「対話」の成功体験をその後異動した職場でも生かし続け、「対話」を通じて職場のあり方、仕事のやり方を変えていける、「対話」で仕事や職場を変えていかなければという思いを強くしました。
この本の出版を通じて、私が「対話」の魅力にとりつかれ、「対話」を実践するなかで仕事上のさまざまな悩みを乗り越え、仕事のやり方、進め方を変えていったその経験を紹介することで、皆さんもまた「対話」の実践によってもっと仕事をやりやすくすることができ、そのことがよりよい自治体運営の一助となればと思います。
ハウツー本ではありません
この本は自治体職員向けに書いていますが、特にこんな人に読んでほしいと思っています。
・「対話」の魅力やその効果について知りたい人
・「対話」の場づくりを実践してみたい人
・「対話」を通じて職場や仕事を変えていきたい人
こんな風に「対話」そのものにフォーカスを合わせている人だけでなく
・意見の相違を埋める議論がうまく進まずに悩んでいる人
・組織内の風通しがよくないと感じている人
・自治体と市民との意思疎通について悩んでいる人
しかしあらかじめお断りしておきますが、この本は「こうすればうまくいく」というノウハウを体系的に提供するハウツー本ではありません。
そもそも「対話」って何だろう
「対話」の重要な構成要素は「開く」と「許す」。
「開く」は自分の持っている情報や内心を開示すること。
「許す」は相手の立場、見解をありのまま受け入れること。
この本の中で私は「対話」についてこんな風に解説しています。
私たち自治体職員は、仕事の上でよく議論を重ねて結論を導くことを強いられます。
議論の本質は選択です。いくつかの選択肢の中から何らかの理屈を組み立ててひとつを選ぶ。何かを選ぶために何かを捨てなければならないときに、それを選ぶ理由、選ばない理由を考え、その優位性を比較し、ひとつの案に絞り込み決定する。これが一般的な議論の構造です。
しかし「対話」は「議論」と違って何かを決める道具ではありません。「対話」でいくらアイデアが湯水のようにわき起ころうとも、膨大な量の知見が集約されて文殊の知恵となろうとも、長年心を閉ざしていたふたりの仲が氷解しようとも、その先にあるのは決めるための「議論」。
対立した意見を評価し、調整し、決定していくには「対話」の先にあるプロセスに進む必要があります。
自治体職員はどうすれば「対話」ができるようになるのか
「議論」して物事を決める自治体職員の職場、仕事にどうやって「対話」を持ち込むか。この解を得るために私が試みたのは、「こうすればできる!」というハウツーではなく「なぜそうしなければならないか」「なぜそれがうまくいかないか」という本質論から「どうすればそれができるのか」へのアプローチでした。
そもそも「対話」とは何か。
「議論」と「対話」はどこが違うのか。
どうして「議論」ではなく「対話」が必要なのか。
自治体職員はなぜ「対話」しなければならないのか。
自治体職員はなぜ「対話」が苦手なのか。
自治体職員はどうすれば「対話」ができるようになるのか。
『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』には、これらの問いかけに対する私なりの答えが詰まっています。
ぜひ皆さんの仕事や職場での行き詰まりを乗り越えるためにこの本をお役立ていただくとともに、読後のご意見を聞かせていただき、「自治体職員の対話」について皆さん方との「対話」により、さらに深く掘り下げていけたらと思います。
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今村 寛(いまむら ひろし)さんのプロフィール
福岡市 教育委員会 総務部長
1991年福岡市役所入庁。2012年より福岡市職員有志による『「明日晴れるかな」福岡市のこれからを考えるオフサイトミーティング』を主宰し、約9年間で200回以上開催。職場や立場を離れた自由な対話の場づくりを進めている。
また、2012年から4年間務めた財政調整課長の経験を元に、地方自治体の財政運営について自治体職員や市民向けに語る「出張財政出前講座」を出講。「ビルド&スクラップ型財政の伝道師」として全国を飛び回る。
好きなものは妻とハワイと美味しいもの。2021年より現職。
著書に『自治体の“台所”事情~“財政が厳しい”ってどういうこと?』(ぎょうせい)、『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』(公職研)がある。