「地方創生」の意味を説明できますか? この連載では「地方創生」を考える。地方創生の具体的な取り組みではなく「理念」について考えてみる。
第1回から第3回は筆者・牧瀬の私見を交えながらの論考を書き込む。第4回は株式会社読売広告社に取材している。地方創生を成功の軌道に乗せるには、自治体だけでは不可能である。多様な主体との協力・連携が必要である。その観点から、民間企業である読売広告社がバックアップした地方創生に関して、牧瀬ゼミの学生たちがインタビューした(この場を借りて読売広告社さんのご協力に謝意を表します)。
筆者は地方創生に関連した講演に呼ばれると、必ず聴講者に対して「地方創生の意味は何ですか」と尋ねている。
この記事を読んでいる読者のみなさんは地方創生の意味を明確に言えるだろうか。実は、端的に答えることができないケースが多い。
“マラソンランナーの錯覚”を起こしていないか 地方創生の意味を不明確な状態で進めることは、ゴールを決めないでマラソンのレースを開始するようなものである。
ランナーは、いつまでたってもゴールに辿り着かない(だって、ゴールを決めていないんだもの)。けれども、とりあえず走ってはいるので、ゴールに近づいていると錯覚してしまいがち。
そして、走ることに対して自己満足している状態でもある(「よく分からないけど、動いているオレってすごい!」と勘違いしている)。
しかし、この状況を客観的に観察すると、単に体力を消耗しているだけで、レースとしては意味のないマラソンである(ゴールがなくても自己鍛錬になるが、レースとしては成立しないことは自明だろう)。
筆者が、地方創生に限らず、自治体の政策づくりに関わる時は、最初にゴール地点を確認している(それを企画書にまとめて、首長まで決裁をとるようにしている)。
ゴール地点が明確になったのならば、筆者のすることは「そこは真っすぐ行くといいよ」とか「そこは危険だから迂回して進んで行こう」とアドバイスをするだけである。
そのため、手前ミソではあるが、筆者の関わった自治体は、比較的、成果をだしている(すべての自治体が成果を出したとは言えないが、7~8割程度の自治体は、所期の目的を達成していると言える。これは筆者の自負にもなっている)。
言いたいことは「ゴールを設定することの重要性」である。
もちろん、ゴール地点を確認するだけではダメである。確認し、関係者で共有化する必要がある(だからこそ、「企画書」という形で「見える化」していく必要がある)。
法が目指すゴール地点 地方創生の意味を確認したい。まずは教科書的な話をする。地方創生の法的根拠は「まち・ひと・しごと創生法」である。同法の第1条が目的規定である。同規定に国が目指す地方創生の目的が明記されている。
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まち・ひと・しごと創生法(抄)
第1条
この法律は、我が国における急速な少子高齢化の進展に的確に対応し、人口の減少に歯止めをかけるとともに、東京圏への人口の過度の集中を是正し、それぞれの地域で住みよい環境を確保して、将来にわたって活力ある日本社会を維持していくためには、国民一人一人が夢や希望を持ち、潤いのある豊かな生活を安心して営むことができる地域社会の形成、地域社会を担う個性豊かで多様な人材の確保及び地域における魅力ある多様な就業の機会の創出を一体的に推進することが重要となっていることに鑑み、まち・ひと・しごと創生について、基本理念、国等の責務、政府が講ずべきまち・ひと・しごと創生に関する施策を総合的かつ計画的に実施するための計画の作成等について定めるとともに、まち・ひと・しごと創生本部を設置することにより、まち・ひと・しごと創生に関する施策を総合的かつ計画的に実施することを目的とする。
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読者は一読して理解できたであろうか。「何となく理解できたような…理解できていないような…」そんな感想を持つのではないだろうか。
法律という性質から、どうしても抽象的な書きぶりになってしまう。そのため「まち・ひと・しごと創生法」の第1条を読んだだけでは、地方創生のゴール地点が明確にはならない(と、筆者は思っている)。
まち・ひと・しごと創生法を根拠にして、地方創生は内閣官房の「まち・ひと・しごと創生本部」が担当している。同本部のホームページを確認すると、「人口急減・超高齢化という我が国が直面する大きな課題に対し、政府一体となって取り組み、各地域がそれぞれの特徴を活かした自律的で持続的な社会を創生することを目指して設立されました」と明記されている(参照:首相官邸「地方創生」) 。
この紹介文を読むと、まち・ひと・しごと創生法よりは地方創生のゴール地点がクリアとなる。ただ、それでも、やや曖昧さが残る。
地方創生の2大目的 そこで、もう少し詳しく分析するため、「まち・ひと・しごと創生本部」の英語表記を確認する。それは「Headquarters for Overcoming Population Decline and Vitalizing Local Economy in Japan」とある。
前者の「Headquarters」は本部という意味がある。そして「Overcoming Population Decline」は「人口減少を克服する」と訳すことができる。後半の「Vitalizing Local Economy in Japan」は「日本の地域経済に生命を与えること」と訳すことができる。
この観点から、地方創生のゴール地点は「人口減少を克服」し、「地域経済を活性化」するための取り組みと指摘することができるだろう。
「当たり前じゃないか」という声が聞こえてきそうである。しかし、筆者が自治体職員や地方議員に「地方創生の意味は何か」と投げかけると、極めて不明瞭な回答しか得られないことが多い。実は理解しているようで、理解できていない概念である。
自治体の“イノベーション” ここからは筆者の考える地方創生の定義に言及したい。
一般的に「地方」とは「地方自治体」(地方公共団体)を意味する。国が「地方」と言った場合は、岩手県の北上市役所も、埼玉県の戸田市役所も「同じ地方」である(北上市と戸田市を例示したのは、筆者が関わっているからである。深い意味はない)。
そして創生の意味を辞書で調べると、辞書には「作り出すこと。初めて生み出すこと。初めて作ること」とある。
この観点から地方創生を考えると、「地方自治体が、従前と違う初めてのことを実施していく。あるいは、他自治体と違う初めてのことに取り組んでいく」と捉えることができる。
すなわち、自治体の政策にイノベーションを創出する活動と言える。
ところが、現状はどうだろうか。国の地方創生の制度設計に大きな問題があると認識しているが、現在、多くの自治体は「地方『踏襲』」や「地方『模倣』」となっている。そのためイノベーションは生まれない。
地方創生を成功の軌道に乗せたいのならば、改めて「地方創生」の意味に真摯に取り組むことが重要だろう。つまり、意識的に、「初めてやっていく」や「他自治体と違うことをやっていく」必要があるだろう。
もちろん、すべての政策に「初めて」や「違いづくり」を志向する必要はない。10の政策があるならば、1や2程度の政策に、そういう視点を持たせることが大事である。実際、筆者の関わった自治体は「初めてやっていく」や「他自治体と違うことをやっていく」を体現している。
次回は地方創生を成功させるための視点を紹介する。
(第2回「『公民連携』が規模に左右されない強い自治体をつくる」に続く)
牧瀬 稔(まきせ みのる)さんのプロフィール
法政大学大学院人間社会研究科博士課程修了。民間シンクタンク、横須賀市都市政策研究所(横須賀市役所)、公益財団法人 日本都市センター研究室(総務省外郭団体)、一般財団法人 地域開発研究所(国土交通省外郭団体)を経て、2017年4月より関東学院大学法学部地域創生学科准教授。現在、社会情報大学院大学特任教授、東京大学高齢社会研究機構客員研究員、沖縄大学地域研究所特別研究員等を兼ねる。
北上市、中野市、日光市、戸田市、春日部市、東大和市、新宿区、東大阪市、西条市などの政策アドバイザー、厚木市自治基本条例推進委員会委員(会長)、相模原市緑区区民会議委員(会長)、厚生労働省「地域包括マッチング事業」委員会委員、スポーツ庁参事官付技術審査委員会技術審査専門員などを歴任。
「シティプロモーションとシビックプライド事業の実践」(東京法令出版)、「共感される政策をデザインする」(同)、「地域創生を成功させた20の方法」(秀和システム)など、自治体関連の著書多数。
牧瀬稔研究室 https://makise.biz/