【自治体通信Online 寄稿記事】 なぜ私たちは「デジタル社会」の実現を目指すのか #4(三重県 CDO・田中 淳一)
デジタル田園都市国家構想など、社会のデジタルトランスフォーメーション(DX)は待ったなし、の状況です。日常業務のあり方を変革する“DXの波”が押しよせていることをひしひしと感じている自治体職員の方も多いでしょう。でも、ふと我に返ったとき、「業務は今までのやり方でも回っているのに、何のため?」「どんな効果を求めてDXを進めるの?」こんな疑問にとらわれることはありませんか? 実際、「デジタル社会形成って、どこを目指せば良いのかわからない」との声を全国の自治体職員から聞くことが増えました。 そこで自治体通信Onlineでも連載した「あったかいDX」
(参照記事:三重県流「あったかいDX」の全記録) で話題の三重県 田中 淳一 (たなか じゅんいち)CDO(Chief Digital Officer=最高デジタル責任者)にデジタル社会形成の波のなかで個々の自治体職員が認識すべき本質論の解説を依頼したところ、「“論より証拠”で、国内外のさまざまな事例を全国の行政パーソンと一緒にみんなで学ぼう」という趣旨の本企画が“爆誕”。第4回は、デジタル先進国であるデンマークの戦略についてデンマーク大使館の寺田和弘(てらだ かずひろ)上席政治経済担当官を直撃。三重県 田中CDOと共に前編・
後編 の2回にわけてデンマークから学びます。
広がる「デンマークに学べ」という気運
今、デジタル社会形成に取り組む行政パーソンの間で、北欧の一国デンマークに熱い視線が注がれています。
2021年9月に発足したデジタル庁は同年11月、同庁初のMOC(Memorandum of Cooperation)として「デジタル分野における協力に関する覚書」をデンマークと締結しました。
牧島 かれん デジタル大臣(当時)は、デンマークとMOCを締結した際に、「国民目線、ユーザー視点というところで、参考になることが大変多い」「デンマークから多くのものを学び、デジタル社会形成のパートナーとする」と語っています。
また、同年同月、守谷市(茨城県)はデンマーク大使館と環境・福祉・デジタル化などに関する覚書を締結。デンマークが経験したデジタル社会形成での成功例はもちろん、失敗例も含めて学び、守谷市の行政に生かしていくとしています。
国だけではなく自治体の間でも、「デンマークに学べ」という気運が広がっている ように感じています。
デジタル社会を形成していくにあたり、デンマークのどういった点を学ぶべきか、学べるのか―。本記事は私なりにそれを解き明かし、デジタル社会形成に取り組むみなさんにとって有益なヒントや新しい知見にしていただきたい、ということをテーマにしたものです。
なぜ今、デンマークに日本国内から“熱い視線”が注がれているのか? それを紐解くため、まずは同国のデジタル社会形成の状況、戦略、国際的な評価などをお伝えします。
デンマークに学ぶのは自然な流れ
デンマークは、約4.3万k㎡と九州より少し大きいぐらいの面積。人口は増加し続けていて、現在は約586万人と千葉県・兵庫県・北海道・福岡県と同じぐらいの人口、2100年には現在より100万人以上増えるとの推計もあり、人口減少が進み2100年には半減するとされる日本の人口とは真逆の状況です。
また、美しすぎる街並みだけでなく、『マッチ売りの少女』『人魚姫』『裸の王様』などの「アンデルセン童話」や、磁器ブランドの「ロイヤル・コペンハーゲン」、雑貨ショップ「フライング タイガー」、「世界のベスト・レストラン50」で過去に4度首位を獲得したノルディック・レストラン「noma(ノーマ)」などでも知られています。酪農や畜産などを中心とした高品質な農産物の輸出国として長い伝統を持つ農業国でもあり、2019年に世界のSDGs達成度ランキングで1位となるなどサスティナブルな社会づくりによる環境対策先進国としても有名になりました。
日本と似ている部分としては、デンマークは日本に次いで世界で2番目に古い君主国であり、日本の皇室とデンマーク王室の間には長い交流の歴史もあります。
そうしたデンマークが世界から注目を集めるきっかけのひとつに、「世界幸福度ランキング」で世界1位(2016)となったことがあります(2017年以降も2位・3位とトップクラスを維持)。同ランキングは、国連の「持続可能開発ソリューションネットワーク」(SDSN)が毎年発表しており、「一人あたりGDP」「健康寿命」という2つの客観要因と「社会的関係性」「自己決定感」「寛容性」「信頼感」という4つの主観要因で構成された指標によるものです。
これだけなら、デンマークは社会保障・福祉が行き届いた「高福祉の国」としても有名ですし、農業も盛んであることから「のどかな環境で、のんびり、ゆったりした国」というイメージを抱く人が多いのかもしれません。
しかし、その後デンマークは、さまざまな経済指標などでも続々と世界トップグループに顔を出すことになります。
幸福度で世界1位になった後は、「世界電子政府ランキング(国連)」で世界1位(2018、2020)、「世界デジタル競争力ランキング(スイスのビジネススクール、国際経営開発研究所)」で世界トップクラス(2020:3位、2021:4位)となり、さらに「世界競争力ランキング(国連)」でついに世界1位(2022)となり、次々とその国の“勢い”を示す国際経済ランキングを席巻しています(下図参照) 。
世界一幸福な国であり、デジタル分野でも経済・ビジネスの競争力でも世界をリードする―。これが“デンマークの実力”なのです。
国民の幸福度向上を国家の目標として明確に定めて、それを実現するために必要なことを整理した上で、その目標の達成のために、① デジタル社会形成 ⇒ ② 教育・医療など社会福祉の更なる充実 ⇒ ③ 人材流動性の促進・国民の自己実現 ⇒ ④ 経済・ビジネスの競争力向上 ⇒ ⑤ イノベーション加速・持続可能性向上 ―という好循環を生み出してきたデンマークに大きな関心を寄せ、同国から学ぼうとするのは、言わば自然な流れであり、さまざまなランキングで低迷する日本にとって、もっとデンマークは注目されるべきという思いをもつのは私だけでしょうか?
デジタル社会形成そのものを目的化しなかった!
デンマークが国際的地位を急上昇させることができた理由や秘密は何か、国民の幸福実感とデジタル社会形成にはどういった繋がりがあるのか。それを探るため、私はデンマーク大使館の寺田和弘上席政治経済担当官に、お話をうかがいました。
デンマーク大使館の寺田担当官(左)と三重県の田中CDO(右)
先に結論を簡潔にまとめると「デジタル社会形成そのものを目的化せずに“幸福な社会をつくる”という国の目標を実現する手段と位置づけてデジタル基盤を着実に整備したこと、そしてそれを国民の共通認識にできたこと。この2点がデンマークが飛躍した最大要因 ではないか」(寺田担当官)とのこと。
デジタル社会形成の取り組みが重要な土台になっているものの、あくまでも土台にすぎず、「その先」の具体的ビジョンを明示し、「だからこのデジタル化が必要なんだ」「デジタル社会形成には、こうした意味、こんなメリットが自分にあるんだ」という点について国民からの理解と納得を十分に得られたことに真の飛躍要因があるとのことでした。
背景はデンマーク・エスビャウにある巨大モニュメント「MENNESKET VED HAVET(海に出会う人)」
そうしたデンマークが国を挙げてデジタル社会形成に取り組み始めたスタートラインは、1968年に社会保障のためのCPR(Central Persons Registration:中央個人登録)国民識別用個人番号制度の開始にさかのぼります(上図参照) 。
日本では、デンマークのCPRに当たるマイナンバー制度が導入されたのは2016年ですが、その原型である「国民総背番号制」が浮上したのは1970年のこと。国民総背番号制はさまざまな国民の声もあり、紆余曲折を経て、構想浮上から40年以上を費やしてマイナンバー制度の導入となりました。
また、電子政府への取り組みを本格化させたのは、デンマークも日本も2000年代初頭であり、同時期です。
マイナンバーも電子政府も構想は同時期にスタートしていたのに、現時点のデジタル社会形成では、デンマークと日本に、これだけの差が開いてしまった。その理由の大きなポイントは、デジタルを前提とした制度などだけでなく、国民とのコミュニケーションにあるようです。
合意形成をつくれたワケ
「デンマークでは、国民とのコミュニケーションの取り方について、徹底的にユーザー視点 を貫いています」(寺田担当官)。
以下に、デンマークにおけるデジタル社会関連のロゴマークや政府広報などの例を4つご紹介します。
こちらは、日本で言えば「マイナポータル」に当たるポータルサイトの名称とそのロゴマーク。上の緑の「borger.dk」は住宅・子供・年金・暮らし全般を支える多種多様な行政サービスメニューを提供しているポータルサイトで、例えば、引っ越しに伴う手続きを行う際には、「borger.dk」の引っ越しメニューから手続きを行えば、関連する国や地方自治体の組織に情報が自動的に連携され、ワンストップで手続きが完了するという、非常に利便性の高い仕組みとなっています。
また、borger.dk、sundhed.dkは、日本語に訳すとそれぞれ、borger=市民、sundhed=健康、と直感的に理解しやすい極めてシンプルなネーミングとなっています。
ロゴデザインも、デザインのチカラを理解し、スタイリッシュなだけでなく視覚的にも伝わりやすいデザインとなっていますね。
上の高齢女性がモデルになっているクリエイティブは、デジタルIDシステムの登録・利用を高齢者に促すデンマーク政府の広告。「書かれている文章は、デンマークの人口約600万人のうち『もう210万人はあなたより便利な生活を送っています』と挑発的ともとれる内容。“自分も申し込まなくては”とその気にさせます」(寺田担当官)。
こちらの交通広告・屋外広告は、2010年にスタートしたデジタルID「NemID」が、よりセキュリティレベルの高い「MitID」へと移行するにあたり、その移行手続きを国民に促すデンマーク政府の広告。「ラッピングバス(左)や駅ナカ広告(右)など、街中でガンガンに広告しています。広告自体シンプルで、視覚に訴える効果が高いのがおわかりいただけると思います」(寺田担当官)。YouTubeのHowTo動画も、とてもシンプルでわかりやすい動画となっています。※下のリンクより視聴できます。 How to get your MitID app (english):https://youtu.be/WlXs4kbLnpQ
上のイラストは、コロナ禍当初、政府がロックダウンを決めた際のもの。「①政府が労働者の賃金75%を負担し、②企業は25%を負担するかわりに解雇はしない、③労働者は有給休暇を5日返上するという、国、使用者、労働者の3者がそれぞれ負担を負いつつ雇用を守るという政策をシンプルに分かりやすく表現したものです。日本でも類似の対策が講じられましたが、デンマークではわかりやすいビジュアルを使って国民に伝えることで、不安を招くことなく、安心感を提供できました」(寺田担当官)。
自然と社会に溶け込むデジタル
「デジタル社会形成を目的とせず、成長戦略を実現していくための手段に位置づけた のです」(寺田担当官)。
デンマークが高い競争力を手に入れた経緯の概略は「政府のデジタル化が効率的な政府と社会経済の効率化を実現し、手厚い福祉・教育など“安心”の拡充や余暇時間の増大をもたらしました。その結果、イノベーションや労働市場の流動性が高まり、新しい成長分野が活性化しました」(寺田担当官)とのこと。
「デンマークがまず考えたのは『新しい成長分野の経済活動を活性化し、国力を向上させる』というゴール設定。そこを見据えて、『そのためには何が必要か』を探っていった結果、基盤としてのデジタル社会形成が必要、という結論に至ったのです」(寺田担当官)。未来の理想状態から考えていく“バックキャスティング思考”ということですが、だからこそ「どこに向かって進もうとしているのか」についての納得や「デジタル社会形成という大きな潮流に適応することで、自分にこんなメリットがある」という理解を国民から得ることが大切であり、そのために「徹底的にユーザー視点を貫いたコミュニケーション」を重視してきたということなのですよね。
その結果として、デジタルが自然と社会に溶け込んでいって、現在のデジタル先進国デンマークとなったのでしょう。
(後編に続く)
《参照記事》 三重県流「あったかいDX」の全記録~新卒入庁職員の成長ストーリー~連載バックナンバー
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三重県CDO 田中 淳一 (たなか じゅんいち)さんのプロフィール
18歳で起業、1999年にAIベンチャーとして法人化し、ITコンサルティング事業と広告事業の企業グループを約10年経営した。また、(株)ユーグレナ 取締役、(株)コークッキング 取締役など、社会課題解決を目指すスタートアップの経営にも携わったほか、地方創生に関連して、様々な地方自治体と連携し、ジェンダー平等・移住定住・人口減少対策などにも取り組んだ。 2021年4月より、三重県 最高デジタル責任者(CDO:Chief Digital Officer) に就任。 デジタル社会形成の方向性として「誰もが住みたい場所に住み続けられる三重県」を掲げ、ジェンダー平等を含んだ多様性や包摂に基づく「寛容な社会」を前提条件として、県民の皆さまの心豊かな暮らしと持続可能な地域社会を目指し、みんなの想いを実現する「あったかいDX」を推進している。 内閣府 地域活性化伝道師、総務省 地域情報化アドバイザー、総務省 地域力創造アドバイザー、デジタル庁 シェアリングエコノミー伝道師、経済産業省 IoT/AI時代に対応した地域課題解決のための検討会議 構成員、兵庫県豊岡市 ジェンダーギャップ解消戦略会議 オブザーバーなども務める。 三重県が進める「あったかいDX」の一環で、グループインタビューやワークショップ等、「三重県 デジタル社会の未来像」の取りまとめのプロセスや同県内で取り組まれているDX事例等を収録した動画「はじまる はじめる みえのDX ~みんなでつくるデジタル社会~」 を制作、公開している(下の埋め込みリンクより視聴可) 。
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