【自治体通信Online 寄稿記事】
なぜ私たちは「デジタル社会」の実現を目指すのか #5(三重県 CDO・田中 淳一)
前編に引き続いて、国連「世界幸福度ランキング」や同「電子政府ランキング」でトップグループに常に顔を出すデンマークのデジタル社会形成のありかたをデンマーク大使館の寺田和弘(てらだ かずひろ)上席政治経済担当官から学ぶ本シリーズの後編。デンマークのような好循環を目指すには、どんなアプローチや成果指標の置き方が重要になってくるのか等について考えていきます。
誰もが安全で安心できる社会
「どのような理想状態を目指して、その実現手段としてのデジタル社会形成を進めてきたのか」ひとつの事例としてデンマークの医療を紹介します。
「デンマークの医療は無料。公的医療保険制度は1973年に廃止しました。デンマークでは住んでいる地域で担当医(かかりつけ医)を決めておく必要があり、オンライン上で患者の受け入れ可能人数、バリアフリーへの対応状況の情報をみながらポータルサイトから担当医の申込みができます。そして、必要な場合のみ担当医ではなく総合病院へ。カルテ・薬歴は電子化されており、個人番号にリンクしているので、改めて検査する必要性は最小限に抑え、患者負担の軽減や医療の効率化がはかられています。また電子化されたカルテはビッグデータとして活用され、国民の健康増進、予防医療などに活かされています」(寺田担当官)。
まず、「医療は無料で誰もが平等に享受できる」という究極の安心を実現するという理想状態が先にあり、政府や医療システムのデジタル化が“理想状態の実現手段”として推進された、ということです(下図参照)。
「誰もが安全で安心できる社会」というビジョンは、働き方についても一貫しています。「政府関連の職場のデジタル化、民間企業の職場のデジタル化、双方が同時に進展していったおかげで、社会における働き方や仕事の進め方が平準化されています。そのため、他の職場に転職しても積み上げたスキルを捨てる必要がなく、シームレスに働き続けることができ、いつでもどこでも能力を発揮できます。ですから、成長分野に優秀な人が集まりやすい。そうした好循環が生まれていることが、世界競争力ランキングでデンマークが世界トップになれた原動力のひとつでもあります」(寺田担当官)。
日本の組織では、働き方や仕事の進め方が平準化とは対義の“独自仕様”になっていることが少なくありません。身近な例で言えば、行政と民間企業では、コラボレーションツールやオンライン会議ツール・メールなどコミュニケーションに関連したアプリケーションの移行スピードに大きな違いがあり、働き方や仕事の進め方が大きく異なることは感覚的にご理解いただけるかと思います。とにかく、転職すると能力を発揮する以前に「新しい職場に慣れるだけでも一苦労」という話は、よく耳にしますよね。
このように働き方や仕事の進め方が平準化されていないことも、日本の人材流動性や生産性が低い一因になっているという指摘もあるほどです。
デジタル社会形成の意義・ビジョンのコミュニケーション
デジタル社会形成の意義について、社会全体で見れば「幸福な社会(Well-being:ウェル・ビーイング)を実現する」ため、個人の立場からは「なりたい自分になれる社会」「自分らしく生きることができる社会」を実現するため、という共通認識がデンマークでは定着しているそうです。
だからでしょうか、「DXという言葉そのものが、ほとんどデンマークでは使われません。『自分たちはDXをやっているんだ』という自覚はほとんどなく、『幸せになれる国をつくろう』という意識が圧倒的に強い。その手段としてのデジタル社会形成なので、そこに不満や分断、変化することへの不安を感じることなく、円滑にデジタル社会形成が推進されていきました。情報公開で他の北欧3国と常に自国を比較し、進捗や方向性を国民とシェアしてきたことも功を奏したと思います」(寺田担当官)。
「デンマークのデジタル社会基盤」のまとめとして、個人番号交付率、オンラインアクセス手段交付率、政府から各種通知などが届く電子私書箱利用率、公金口座利用率を別図に示しました(下図参照)。
いずれも非常に高い普及率・利用率です。長い時間をかけて取り組んできたことや利便性の高さだけではなく、前編でも述べたように利用メリットをわかりやすく視覚的に伝えるといった「徹底的にユーザー視点を貫いたコミュニケーション」を重視したことも、デンマークのデジタル社会形成が国民に広く受け入れられている大きな要因になっているのは、間違いありません。
まとめ~田中CDOのアングル
国内に目を転じると、2021年9月にデジタル庁が発足し「行政のDX」が進められています。また、政府が一丸となって、「社会のDX」として、「地方からデジタルの実装を進め、新たな変革の波を起こし、地方と都市の差を縮めていくことで、世界とつながること」を目的とした「デジタル田園都市国家構想」がスタート。三重県では、「みんなの想いを実現する“あったかいDX”」を掲げたデジタル社会形成を推進しており、そのすべては心豊かな暮らしや幸福な社会の実現、すなわちWell-beingへと向かっています。
前編でも書いたように、デジタル社会形成とは、国民の幸福度向上(Well-being)に向けた循環(① デジタル社会形成 ⇒ ② 教育・医療など社会福祉の更なる充実 ⇒ ③ 人材流動性の促進・国民の自己実現 ⇒ ④ 経済・ビジネスの競争力向上 ⇒ ⑤ イノベーション加速・持続可能性向上)のいちプロセスにすぎません。
デジタル先進国デンマークの起点は、DXを推進しよう、デジタル前提社会を創ろう、スマートシティを実現しよう、ではなく、国民の幸福実感に向き合うことでした(上図参照)。
デンマークと同じような好循環を目指すとしたら、デジタル社会形成の成果指標は、Well-beingであるべきなのだろうと思います。
ちょうど2022年7月1日に「デジタル田園都市におけるWell-Being指標活用のためのβ版サイト」が一般社団法人スマートシティ・インスティテュートのホームページに掲載されたそうです。
参照:デジタル庁「デジタル田園都市におけるWell-Being指標活用のためのβ版サイトが公開されました」https://www.digital.go.jp/news/26c0d00b-6625-4e77-8b53-cebcba76a268/
こういった新たな指標も参考にしながらも、デンマークからはまだまだ学び続ける必要があると考えています。
日本でも、「誰一人取り残さない、人にやさしいデジタル化」(平井 卓也・元デジタル大臣)「誰一人取り残されない、あたたかいデジタル社会」(牧島 かれん・元デジタル大臣)、「人が人に寄り添う、温もりのある社会を作るためのデジタル化」(河野 太郎・デジタル大臣)といったトップから発信されるメッセージによって、国が進めるデジタル社会形成のビジョンをわかりやすく伝えています。
また、三重県でも「みんなの想いを実現する“あったかいDX”」を掲げ、「どんな社会を目指して、デジタルを活用するのか」といった観点で、県民の皆さんと一緒に2050年の未来を描いた「三重県 デジタル社会の未来像」を策定したり、三重のデジタル社会形成をわかりやすく伝えるための事業記録動画「はじまる はじめる みえのDX 〜 みんなでつくるデジタル社会 〜」を制作するなど、県民の皆さんとのコミュニケーションを重視したデジタル社会形成を推進しています。
このようなデジタル庁や三重県における事例は、デンマークの取り組みと通じるところもありますが、日本では本格的なデジタル社会形成が始まったばかりですから、県内外の行政パーソンの皆さんと、みんなで学び、みんなで成長し、みんなで新しい社会づくりを目指していければいいですね。
(前編はこちら)
《参照記事》
三重県流「あったかいDX」の全記録~新卒入庁職員の成長ストーリー~連載バックナンバー
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三重県CDO 田中 淳一 (たなか じゅんいち)さんのプロフィール
18歳で起業、1999年にAIベンチャーとして法人化し、ITコンサルティング事業と広告事業の企業グループを約10年経営した。また、(株)ユーグレナ 取締役、(株)コークッキング 取締役など、社会課題解決を目指すスタートアップの経営にも携わったほか、地方創生に関連して、様々な地方自治体と連携し、ジェンダー平等・移住定住・人口減少対策などにも取り組んだ。
2021年4月より、三重県 最高デジタル責任者(CDO:Chief Digital Officer) に就任。
デジタル社会形成の方向性として「誰もが住みたい場所に住み続けられる三重県」を掲げ、ジェンダー平等を含んだ多様性や包摂に基づく「寛容な社会」を前提条件として、県民の皆さまの心豊かな暮らしと持続可能な地域社会を目指し、みんなの想いを実現する「あったかいDX」を推進している。
内閣府 地域活性化伝道師、総務省 地域情報化アドバイザー、総務省 地域力創造アドバイザー、デジタル庁 シェアリングエコノミー伝道師、経済産業省 IoT/AI時代に対応した地域課題解決のための検討会議 構成員、兵庫県豊岡市 ジェンダーギャップ解消戦略会議 オブザーバーなども務める。
三重県が進める「あったかいDX」の一環で、グループインタビューやワークショップ等、「三重県 デジタル社会の未来像」の取りまとめのプロセスや同県内で取り組まれているDX事例等を収録した動画「はじまる はじめる みえのDX ~みんなでつくるデジタル社会~」を制作、公開している(下の埋め込みリンクより視聴可)。
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