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「法的なものの考え方」を探して#9(自治体法務ネットワーク代表・森 幸二)
正統な批判を行うために

公益通報とハラスメント《後編》

    プロフィール
    森 幸二
    《本連載の著者紹介》
    自治体法務ネットワーク代表
    森 幸二もり こうじ
    北九州市職員。政策法務、公平審査、議員立法などの業務に携わり、現在は北九州市 人事委員会 行政委員会 事務局調査課 公平審査担当係長。自治体法務ネットワーク代表として、全国で約500回の講演。各地で定期講座を実施中。著書に『自治体法務の基礎と実践』(ぎょうせい)、『自治体法務の基礎から学ぶ指定管理者制度の実務』(同)、『自治体法務の基礎から学ぶ財産管理の実務』(同)、『1万人が愛したはじめての自治体法務テキスト』(第一法規)がある。2023年10月に『森幸二の自治体法務研修~法務とは、一人ひとりを大切にするしくみ』(公職研)、2024年3月に『自治体法務の基礎と実践 改訂版~法に明るい職員をめざして~』(ぎょうせい)を出版。

    「公益通報とハラスメント」の後編では、自治体職員が持つべき「正『統』な意見」と、慎重に注意すべき「正『当』な意見」の決定的な違い、内部通報要綱のポイント等をお伝えします。

    「内部通報要綱」の押さえておくべきポイント

    多くの自治体においては、内部通報要綱の内部規定を作成するにあたって、消費者庁が研修資料として示した規定例に従っているようなので、それをご紹介します(下線は筆者)

    地方公共団体向け内部規程例
    第1条(目的)
    本規程は,公益通報者保護法(平成16 年法律122 号)及び公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和2 年法律51 号)を踏まえ,●●市(以下「本市」という。),本市職員等,委託先事業者及び委託先事業者の役職員等の法令違反行為等に関する,本市職員等及び委託先事業者の役職員等からの通報等に対応する仕組みを整備し運用することにより,通報等をした者及び調査協力者(以下「通報等をした者等」という。)を保護するとともに,本市組織の自浄作用の向上に寄与することにより本市の法令遵守を図り,もって市民の信頼を確保することを目的とする。

    第2条(定義)※1および2は略
    3 本規程において「法令違反行為等」とは,次のいずれかの行為をいう。
    本市及び本市職員等の職務の執行について,法令(法律,法律による命令,条例,本市が定める各種規則その他の規程6を含む。)以下同じ。)に違反する行為及びその他不適正な行為
    委託先事業者及び委託先事業者の役職員等の職務の執行について,法令に違反する行為及びその他不適正な行為
    (以下、略)

    下線部を確認してみてください。保護法では「重大な犯罪事実」だけが対象なのですが、この規定例では、「一般的な法令違反」や「不適正な行為(ハラスメントも含まれます)」が加えられています。

    問題点を明らかにするために整理してみましょう(下図参照)。

    これは、保護法を施行するための「要綱」です。にもかかわらず、その要綱で法律にない対象を加えているのです。そのこと自体は、政策的な判断なので良し悪しは控えます。あえて言えば、条例違反や職務命令違反なども対象としていることは正しい(正当である)と思います。内容的には、自治体の内部通報要綱はこうあるべきだとも思います。

    でも、内部通報の要綱なので、報道機関やSNS等への通報・公表については関係ありません。また、そもそも、「要綱」は法律ではありませんから、報道機関やSNS等へ通報・公表したときに生じる法的な責任、つまり、不法行為責任や名誉棄損罪の免責を得ることはできません。

    保護法と要綱とをごっちゃにして「ハラスメント(要綱の対象)をSNSに投稿する(保護法だから保護できる手段)」と法的な保護を受けることはできないのです。

    公益通報者保護法とパワー・ハラスメントとの関係

    「〇〇がパワハラをしている」という事実は、そのハラスメントが刑法上の犯罪に当たる程度や類型を持たない場合は、保護法の通報の対象事実とはなりません。

    報道機関等に通報したり、SNSに投稿したりした場合には、保護法による保護の対象とはならず、懲戒処分や損害賠償、そして、名誉棄損罪の対象となりえます。

    ただし、裁判になった場合には、保護法の適用とは別に、その事案ごとの判断で、免責されることはあり得ます(実際にもあります)。

    でも、そこは「訴えられてみないとどうなるか分からない」というブラックボックスです。「裁判例を調べてみよう(みなさい)」などという意思やアドバイスは、ここでは、まったく無意味です。公益通報を行うことは、私たちの身分がかかわっている事柄なのですから。保護法が法的保護を与えているのは、「重大犯罪事実+緊急性あり」についての公益通報だけです(「《前編》公益通報についての自治体職員の誤解」参照)

    このように、パワハラに対する報道機関通報等を評価するに当たっては、保護法や法益通報に関連する法律についての理解が欠かせません。

    「悪いことをしているのだから、その事実を公表されて当然だ」などという理解しか持たない者は、そもそも公益通報にかかわるべきではないと私は考えます。

    誤ったこと(ハラスメント)であるからこそ、法的な理解とそれに基づく正しい方法で、糺(ただ)していかなければなりません。ハラスメントは絶対にゆるされない行為です。だからこそ、どんな理由で悪いのか、それに対してどのように「正しく」対処していくべきなのかはしっかりと理解しましょう。

    同僚との飲み会で、みんなで、いやな上司の悪口を言う場合でも、それぞれの批判にすべてうなずくのではなく、「(確かに課長はよくないけど)それは違うと思うよ」と言えるようになりましょう。

    正当性より「正統性」

    さて―。最近、社会の耳目を集めるハラスメントと公益通報にかかわる事件が自治体で発生しています。

    私は、事件の詳細は新聞やテレビでの報道の範囲でしか知りません。でも、確実に言えることは犯罪行為ではないハラスメントは公益通報の対象ではなく、外部にハラスメントの事実を知らせた場合には懲戒処分になることもあり得るし、それは、場合によっては正しいことだと考えます

    「正統性」と「正当性」という同音(セイトウセイ)異義語があります。自治体においては、後者が使われることが多いと思います。「正」がついているので、どちらも何がが「正しい」ことを表す用語です。

    それぞれの意味は、大まかにいえば、以下のことを意味します。

    • 正統性…過程や手続きが正しい
    • 正当性…結論や内容が正しい


    私たち自治体職員は、共通のものさしによって、ますは、「正統な」意見を持たなければならないと思います。法的に言えば、「正当であっても正統でないものは正しくない」のです。

    ハラスメント事案についても、正統な理由と手段で批判すべきは批判していきましょう。

    「ハラスメントは絶対になくさなければなりません」(A)
    「でも、公益通報の対象ではありません」(B)

    (A)の意見をSNSに投稿することは誰でもできます。でも、(B)の意見を述べるには法的な理解と法的な勇気が必要なのです。

    加害者とそれを心無い無見識な言葉で批判する人たちの間に入って、「そのやり方は正しくない!」と加害者に背を向けて(批判者に正対して)、「正統な意見」を言える自治体職員になりましょう。

    SNSへの投稿は、「私にはそれができる」という自信を持つことができてから行うべきことなのです。

    (続く)
    ※本稿をはじめこの連載の内容は筆者の森さんの私見です。

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