【自治体通信Online 寄稿記事】
我らはまちのエバンジェリスト #4(福岡市 職員・今村 寛)
自治体運営のことを市民に知ってもらい、理解してもらい、共感してもらい、自治体と市民との「対話」の橋を架ける“まちのエバンジェリスト(伝道師)”。私たち地方自治体職員が、自分の住むまち、勤める自治体でよりよい自治体運営をしていこうと思うなら、首長や議会の誤った理解に基づく政策判断を避けるために、有権者である市民の行政運営リテラシー(=行政を読み解く力)の向上は必須。その向上を図る“まちのエバンジェリスト(伝道師)”を担うこともまた我々公務員の職務、職責なのではないか―。こうした触れ込みで始まったこの連載。今回は我々地方自治体職員が直面している課題から、この話題を紐解いてみたいと思います。
先行き不透明な自治体財政
全国の自治体でただいま令和4年度当初予算の編成作業が進んでいます。
昨年来の経済活動の停滞で税収が落ち込み、コロナ禍収束のめどがつかないなかで改善の見込みも不透明なまま、感染防止対策や経済活動支援のための臨時的な支出も引き続き必要になることから、収入減と支出増のダブルパンチで収支バランスが大きく崩れてしまい、綱渡りのような編成作業になっていると思います。
そのうえ、これまで不測の事態に備えて年度間の財源調整のために積み立ててきた基金についても、これまでのコロナ禍対策や税収減に対応する財源補填のために大きく取り崩し、今年はなんとか予算が組めたものの、今後も続く収支不足を埋め、収入に見合った支出に抑えるためには、これまで実施してきた施策事業を抜本的に見直し、市民サービスを縮小せざるを得ない、そんなギリギリの選択を迫られているのが実情だと思います。
コロナ禍で財政難。これからの地方自治体は大丈夫なのでしょうか?
既に起こった未来
そもそも地方自治体の財政状況の厳しさは今に始まったことではありません。
我が国は2008年をピークに総人口が減少しており、直近の国政調査でも大都市圏を含む都府県以外の全ての道府県で人口が減少しています。
人口減少による社会の担い手不足は深刻さを増しており、並行して進む高齢化と相まって増え続ける社会保障費を負担できる納税者人口の減少は自治体財政の将来に暗い影を落としています。
しかしながら、人口減少は我が国の合計特殊出生率が2.0を割り込んだ1974年以降、毎年新生児が減少していく段階において「既に起こっていたこと」で、今後も人口が減り続けることはもう40年以上前からわかっていたことです。
少子化対策や移住促進などの人口減少対策は社会の激変を緩和する効果はあるかもしれませんが、国全体では稼働年齢層(満15歳以上64歳未満の者)の納税者を増やし、社会の担い手を安定的に確保することができないことは「既に起こった未来」。財政的な制約の中で「あれかこれか」を選択せざるを得ない未来がやってくることはわかっていたはずなのです。
将来に負担を残さない
人口減少や経済活動の停滞による税収減と少子高齢化による社会保障費の増、さらにはこれまで公共施設整備に充ててきた起債(借金)の返済が長期的に高止まりするなかでその公共施設の老朽化により維持管理経費や施設更新経費が必要になり、三重苦、四重苦の状況が続きます。
住民からはこれまでのサービスを維持することが求められる一方で、社会ニーズの多様化によりこれまで以上のサービス拡充や新たな政策課題の解決のための取り組みも求められています。
使えるお金には限りがあり、やりたいことのすべてを実現できない以上、施策事業に優先順位をつけたり取捨選択をしたり、あるいは少ない経費で効率的に事業が実施できるよう経費の精査を行ったりしながら見込まれる収入の範囲に支出を抑えていくことになります。
「既に起こった未来」として人口減少による将来の収支不均衡が見通せている現状で私たちがすべきことは、まず「将来に負担を残さない」ことです。
人口減少やコロナ禍で現在の財政運営が厳しい局面ではありますが、私たちは負担の先送りや過去の貯金の食いつぶしなど将来の市民に負担を押し付けるような財政運営を可能な限り避ける必要があります。
将来の市民が納める税収の範囲で将来の市民のサービスが賄われるためには、現在の我々が将来の税収の使途をあらかじめ縛り、将来の市民の持つ予算編成権を侵害することは許されません。
「既に起こった未来」を見据えれば、現在の財政運営が苦しいからと言って現在の自分たちへの行政サービスのために将来の市民が収める税金を先食いすることは断じて許されないのです。
苦渋の選択へと舵を切るとき
私たちは収入が減るなかで負担の先送りも許されないとすれば、必要な行政サービスの維持に係る財源をどう確保すればいいのでしょうか。
現下の財政状況と「既に起こった未来」を踏まえれば、まずは早急に限られた財源を何に優先的に充てていくかを全庁挙げて議論し、議会や市民とも認識を共有したうえで真に必要な施策事業を取捨選択することになります。
今回、コロナ禍の中でその厳しさが顕在化し、将来起こるべき危機が少し早めにやってきたという風にとらえれば、緩やかに危機的状況に陥っていく中で毎年の予算編成で先送りしてきた議論に決着をつけ、限られた財源を何に優先的に充てていくかを全庁挙げて議論し、議会や市民ともしっかりと認識を共有して結論を出していくときがきたと理解せざるを得ないでしょう。
しかし、この取捨選択の議論をする中で抜けがちな論点が「市民の負担」です。限られた収入の範囲に支出を抑えるための施策事業の選択過程で、これ以上施策事業を見直すことができないときには、収入を増やすために市民の負担を増やす、つまり増税の議論をせざるを得ないのです。
地方自治体は、現行の法制度でも一定の範囲であれば独自で課税し市民の負担を求めることができますが、この伝家の宝刀を抜く自治体はほとんどありません。他の自治体との横並びを常に意識し、国も地方交付税の仕組みで財源を補填し、護送船団で自治体財政を保護しています。
しかし、国の台所も火の車。国の財政運営の影響を受け、今後も自治体財政を保護する現在の枠組みが維持される保証はありません。
人口減少の影響を受けて国、地方ともに財政がひっ迫し、国が地方に自律的な財政運営を求めた場合には、市民が享受するサービスの財源を市民の負担で賄える収支構造とするために、さらなる市民負担へと舵を切らなければならない時が必ずやってきます。
対話が拓く私たちの未来
限られた財源の中での政策選択にせよ、市民負担を伴う増税にせよ、その実現には納税者であり行政サービスを享受する客体としての市民の理解なくしては実現できません。
しかし、地方自治体は今、市民の十分な理解を得るためのコミュニケーションができているでしょうか。
行政運営に関する基礎的な理解も信頼も乏しい市民に既存の行政サービスの削減や増税による市民負担増を求めたところで納得や共感が得られるはずがありません。
財政的な制約の中で市民の理解を得て自治体運営を行うには、市民が社会経済情勢や自治体の財政状況に関して正しく理解し、その中で結論を選び取る議論に当事者として参画し、自分事として結論を出す過程が必要です。
人口減少という「既に起こった未来」で目前に迫る苦渋の選択が避けらないという現実を見据えれば、コロナ禍という未曽有の災厄を経験し、将来に向かって危機意識を共有できる今こそ、小手先の人口減少対策や目先の財源確保ではなく、自治体と市民、議会、あるいは市民同士で十分に情報共有と意思疎通を図ることができる「対話」の場づくり、苦渋の選択を乗り越えることができる意思疎通の環境整備こそが、最も求められているのではないかと思います。
私たち自治体職員が、まず今そこにある危機を正しく認識すること。
そのうえで、この状況を市民に正しく知ってもらい、理解してもらい、共感してもらうことが、そのあとにくる苦渋の選択のために不可欠であり、私たち自治体職員が自治体と市民との「対話」の橋を架ける“まちのエバンジェリスト(伝道師)”を担わざるを得なくなっている最大の理由はここにあるのです。
(「【税金について住民と対話してますか?】国民が税を納めることの意味」に続く)
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今村 寛(いまむら ひろし)さんのプロフィール
福岡市 教育委員会 総務部長
1991年福岡市役所入庁。2012年より福岡市職員有志による『「明日晴れるかな」福岡市のこれからを考えるオフサイトミーティング』を主宰し、約9年間で200回以上開催。職場や立場を離れた自由な対話の場づくりを進めている。
また、2012年から4年間務めた財政調整課長の経験を元に、地方自治体の財政運営について自治体職員や市民向けに語る「出張財政出前講座」を出講。「ビルド&スクラップ型財政の伝道師」として全国を飛び回る。
好きなものは妻とハワイと美味しいもの。2021年より現職。
著書に『自治体の“台所”事情~“財政が厳しい”ってどういうこと?』(ぎょうせい)、『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』(公職研)がある。財政担当者としての経験をもとに役所や公務員について情報発信するnote「自治体財政よもやま話」を更新中。