【自治体通信Online 寄稿記事】
我らはまちのエバンジェリスト #15(福岡市 職員・今村 寛)
自治体運営のことを市民に知ってもらい、理解してもらい、共感してもらい、自治体と市民との「対話」の橋を架ける“まちのエバンジェリスト(伝道師)”を目指しましょう、という触れ込みで昨年10月より始まったこの連載ですが、そういう記事を書いている私自身がいつ、どうやって「対話」に目覚めたのか。今回はそのあたりをお話ししたいと思います。
「財政課をぶっ潰す」という怨念
私と「対話」という言葉をつなぐ原点は、2002年4月に着任した財政課財政係長の時代に遡ります。私はこの職場で初めて予算編成に従事することになり、5年間この業務に明け暮れることになりました。
予算編成では、財政課のなかで担当として割り振られた事業部局の施策事業について、必要な予算額を精査して決定する「査定」を行います。
現場から提出された分厚い予算要求調書と格闘する毎日。施策事業を担当する現場の職員と真正面から対峙し、要求された金額を削り込むなかで、夜を徹しての激しい議論もずいぶんやりました。
厳しい財政状況のなかで「要るものは要る」「ない袖は振れない」を繰り返し、市役所という閉ざされた世界で身内同士の争いを繰り返す財政課と現場。
血眼で財源を探し、査定に明け暮れ、命を削るような思いで毎年度の予算を組み上げても誰からも喜ばれない財政課の仕事は、市役所の中心で政策決定の中枢を担っているという自負だけではとても耐えられるものではありませんでした。
財政課に5年在籍する中で、私はほとほと財政課の仕事が嫌になり、いつしか「財政課をぶっ潰す」と考えるようになりました。
査定なき財政課を目指す
「財政課をぶっ潰す」といっても、その存在をなきものにしようというわけではありません。
全国の自治体で毎年繰り返されている財政課と予算要求課との果てしない死闘は決して交わることのない平行線ですが、組織内部の闘争にこれだけのエネルギーを費やすことは本当に市民のためになっているのでしょうか。
そんな自問自答のなか、「市民の目線に近い現場と財政課が対峙するのではなく、同じ方向を向いて予算を編成することができないだろうか」そう考えた私がたどり着いたのが、「対話」による相互理解と責任分担に基づく組織の自律経営でした。
現場の一挙手一投足について財政課が査定で指図するのではなく、市民に身近な現場を抱える各部局が、自治体全体の財政状況や政策の優先順位を理解したうえで一定の責任と権限をもって自律的に組織を運営する。
より市民に近いところで市民ニーズに即応した効果的な行政サービス提供を立案し、実施する。
そのために財政課と現場が「対話」によって情報を共有し、相互に理解し信頼し合える関係性を構築することで「査定なき財政課を目指す」ことを考えたのです。
「財政出前講座」の始まり
係長として5年の奉公を終え、「財政課をぶっ潰す」と後輩に“遺言”を託して財政課を卒業した2007年の春からちょうど5年経ち、2012年4月、私は課長として財政課に戻ってきました。
財政状況の厳しさは相変わらずで、私が恨めしく思っていた現場との対立構造も、庁内での絶大な権限も変わっていませんでした。
おまけに、その年度中に「財政健全化プラン」なるものを策定するという重大な任務が課せられました。今後の中長期的な財政見通しを踏まえ、健全に財政運営を行っていくために、どの施策事業を見直して経費を圧縮して収支の均衡を図っていくか、ということを全庁的に調整する大変厄介な任務です。
施策事業の見直しには関係する部局や市民、議会の十分な理解が求められます。このため、財政当局を中心とした官房部門からの指揮命令によるのではなく、市民とじかに接する職員が、職場での日々の業務遂行のなかで、自律的に改革に取り組むことが必要不可欠でした。
そこで私は、それぞれの職場に財政課長が出向いて語る「財政出前講座」を実施することとしたのです。
組織の自律経営のために必要なこと
「財政出前講座」開催の最大のねらいは、これまで広く一般職員に知られていなかった福岡市の財政運営上の課題とその課題解決に向けた取り組みについて基礎的な情報や認識を共有することです。
そうすることで、市民に身近な現場が一定の責任と権限を持って自律的に組織を運営することができるようになり、限られた財源でも市民ニーズに即応した効果的な行政サービス提供できると考えた私は、それまで財政課で施策事業の要不要や経費の多寡を判断していた仕組みを改めました。
政策部門を担当する組織ごとにあらかじめ財源を配分し、各部門での施策事業への投入資源の選択と集中、優先順位づけを各部門の権限と責任で行う「枠配分予算」の仕組みを強化したのです。
これまで官房部門が担ってきた施策事業の優先順位に関する調整を、同一・類似の政策を推進する部門単位で行うこととなれば、事業の内容や効果を知り尽くしている各部門の長が、直面する課題に対して自分に与えられた資源と権限で責任を持って対処せざるをえません。
この実現に向けては、市の財政に関する現状や課題を各職員、職場において「自分ごと」としてとらえることが必要不可欠であり、そのための情報や課題認識を共有することが、「財政出前講座」に託した役割だったのです。
「財政出前講座」がもたらしたもの
「財政出前講座」をやってみて実感したのは、自治体財政に関する市職員の知識、情報共有の不足ですが、加えて大きな手ごたえとして感じたのは、これまで各職場、各職員が抱いていた「財政課は敷居が高い」という意識の変化です。
予算編成では多様な立場の者がそれぞれの利害を一方的に主張しあうのでその調整は困難を極め、それをたったひとりの財政課長に担わせるのは無理な話。このため庁内での「対話」が必要だと思い至ったわけですが、実際の予算編成作業が始まってしまえばすでにそこは議論の戦場です。
しかし、少なくとも事前の情報共有によってその戦場に持ち込まれる案件の数をあらかじめ減らすこと、あるいは持ち込まれる議論の質を高めることは可能です。
何にお金がかかっているのか。
どうして既存の予算を削らなければならないのか。
なぜ新規の予算獲得が難しいのか。
自分たちの自治体が置かれた財政状況を正しく理解することで、個々の施策事業の予算を立案する前の地ならしが可能になります。「財政出前講座」はまさにこれを狙ったものでした。
「財政出前講座」は、必ずしも参加者と講師である私との直接の「対話」の場ではありませんでしたが、財政課が現場との相互理解を求めているという意思表示になり、職員が一丸となって財政健全化に取り組むうえで立ちはだかる、それぞれの立場の持つ心理的な壁を崩す役割を果たしてくれました。
講座が、単に「情報共有」だけでなくこの壁を崩す役割を果たしてくれたおかげで、互いの意見を尊重できる信頼関係を構築し、組織間の「対話」による建設的な意思形成ができるようになったのです。
怨念だけではない「対話」へのこだわり
私の「対話」への目覚めは、職員同士、職場同士の情報共有、意思疎通の欠如に対する強烈な危機感、絶望感に端を発したものでした。
この危機感、絶望感が強烈な原体験として今も心の奥底に焼き付いていることが、私の「対話」へのこだわりのエネルギーになっています。
もちろん、こうした怨念のような負のエネルギーだけではこれだけ長く、また組織の枠を飛び越えて情報発信し続けることはできません。
私に「対話」を語る原動力となる、もうひとつの原体験があるのですが、それはまたいずれかの機会にお話ししたいと思います。
(「《“公務員という鎧”を脱ぎましょう》今さら聞けない『対話』の基礎」に続く)
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■ 今村 寛(いまむら ひろし)さんのプロフィール
福岡地区水道企業団 総務部長
1991年福岡市役所入庁。2012年より福岡市職員有志による『「明日晴れるかな」福岡市のこれからを考えるオフサイトミーティング』を主宰し、約9年間で200回以上開催。職場や立場を離れた自由な対話の場づくりを進めている。
また、2012年から4年間務めた財政調整課長の経験を元に、地方自治体の財政運営について自治体職員や市民向けに語る「出張財政出前講座」を出講。「ビルド&スクラップ型財政の伝道師」として全国を飛び回る。
好きなものは妻とハワイと美味しいもの。2022年より現職。
著書に『自治体の“台所”事情~“財政が厳しい”ってどういうこと?』(ぎょうせい)、『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』(公職研)がある。財政担当者としての経験をもとに役所や公務員について情報発信するnote「自治体財政よもやま話」を更新中。