今村 寛いまむら ひろし
福岡地区水道企業団 総務部長。1991年福岡市役所入庁。2012年より福岡市職員有志による『「明日晴れるかな」福岡市のこれからを考えるオフサイトミーティング』を主宰し、約9年間で200回以上開催。職場や立場を離れた自由な対話の場づくりを進めている。また、2012年から4年間務めた財政調整課長の経験を元に、地方自治体の財政運営について自治体職員や市民向けに語る「出張財政出前講座」を出講。「ビルド&スクラップ型財政の伝道師」として全国を飛び回る。好きなものは妻とハワイと美味しいもの。2022年より現職。財政担当者としての経験をもとに役所や公務員について情報発信する「自治体財政よもやま話」(note)を更新中。
自治体職員は地域のエバンジェリスト(伝道者)であれ―。そう提唱する本連載筆者が総務部長を務める福岡地区水道企業団50周年事業を通じた対話の実践例をお届けします! 今回は「住民との対話」編。自治体の想いを地域のひとりひとりに届け、ジブンゴトとしてとらえてもらうために必要なものとは?
50周年を契機に挑戦する3つの「対話」
私が昨年春の異動以降、一番力を入れている「福岡地区水道企業団設立50周年記念事業」の取り組みについて、4回にわたってご紹介しています。
(参照:対話が拓く水道企業団の未来①、②、③)
50年記念事業は水源に乏しい福岡都市圏の水事情について都市圏住民の皆さんに理解を深めていただくことが目的で、この事業目的を達成するために私たちが挑戦しているのが3つの「対話」です。
① ②では「職員同士の対話」、前回の③では「外部関係者との対話」についてでした。このシリーズの最後は、誰との「対話」でしょうか。
ありがとうの森プロジェクト
50周年記念事業では、HPやSNSでの情報発信、あるいは市民向けの講座や施設見学会といった、企業団側から市民の皆さんに向けて情報を発信するだけでなく、少し変わったことに取り組んでいます。
それは、水源地への感謝のメッセージを募集する「ありがとうの森」プロジェクトです。
水源に恵まれない福岡都市圏で圏内260万人の暮らしを支える水道水の3分の1は圏外の筑後川から送られています。
この事実を多くの方に知っていただきたい。
そこから生まれる筑後川への感謝の念をより多くの方に抱いてほしい。
そんな想いで私たちは50周年記念事業による情報発信を行っていますが、この私たちの想いや伝えたいことそのものは、福岡都市圏に住む多くの方に届いているのでしょうか。
届いていたとして感謝の念を抱いたとしても、それを可視化し、何かの媒体を通じて届けなければ、水源地域に伝わらないのではないでしょうか。
そう考え、思い立ったのがこの「ありがとうの森」プロジェクトです。
私たちが都市圏住民の皆さんに対して発信する情報のベクトルとは逆の動きとして、私たちの発信する情報に触れた福岡都市圏の皆さんが抱いた水源地域への感謝の気持ちを「メッセージ」として企業団にお寄せいただく。
そのメッセージを、水源を守る森となる木の苗に添えて水源地域に贈呈することで、福岡都市圏からの「ありがとう」を目に見える形で届ける。
下のURLが「ありがとうの森」プロジェクトの概要です。
https://www.f-suiki.or.jp/thanksforest-contact/
福岡都市圏住民260万人すべての人がメッセージを書くというのは現実的ではありませんが、私たちの発信する情報が都市圏の皆さんの心に響けば響くほど、その反応も大きくなり、たくさんのメッセージが集まってくるはず。
逆にメッセージが集まらないということは、私たちの発信する情報がきちんと届いていない、理解されていない、心に響いていないということ。
自治体が行う情報発信としてはかなり挑戦的な取り組みですが、本来情報発信とは「伝える」ことではなく「伝わる」ことが目的です。
その「伝わる」広がりや深さを測るうえでは、反応を返してもらうという双方向の動きがある方法がとても分かりやすいコミュニケーションになると考えたのです。
3,000通を超えるメッセージ
このプロジェクトでメッセージが集まるのか正直不安でしたが、5月から始めたこのプロジェクトで寄せられたメッセージは現時点ですでに3,000を超えました。
最初、企業団のHPへの入力フォームだけを窓口としていた時には集まるコメントもそう多くありませんでしたが、市民向けの講座をはじめとする市民参加型のイベントが始まり、参加者との直接のやり取りの後にメッセージを書いてもらうことにしたところ、非常に心のこもったメッセージをたくさんいただけるようになり、高校、大学等の授業の中で福岡の水事情について直接お話しをさせていただく中でも、渇水を知らない若い世代から「福岡の水事情について知ることができてよかった」と喜びの声が上がっています。
それらをSNSで発信していることが呼び水となって、HPの入力フォームにもメッセージが寄せられるようになってきました。
「ありがとうの森」プロジェクトの実施により、企業団と都市圏住民の皆さんとの間に双方向のコミュニケーションが生まれているのです。
毎日のように企業団に届くメッセージを読むと、メッセージをお寄せいただいた方々がそれぞれ、これまで意識することのなかった福岡都市圏の水事情を知ることができたことを喜び、水源地域への言葉を綴ることによってその事実や感謝の気持ちを改めて強く意識されたことがわかります。
単に知識として知っていただくだけでなく、それを自分で言葉にすることで自分自身の想いを胸に刻み忘れられないものとする、というこのプロジェクトの狙いが功を奏しているように思います。
「ありがとうを集めよう! プロジェクト」への展開
さらにうれしい展開が続いています。
「ありがとうの森」プロジェクトの趣旨に賛同し、福岡都市圏の水事情をジブンゴトととらえた高校生たちが当プロジェクトの背景を理解し「筑後川への感謝の気持ち」を言葉として集め伝える「筑後川へのありがとうを集めよう!」というプロジェクトが立ち上がったのです。
この取り組みは、福岡市東区にある福岡工業大附属城東高校と那珂川市にある福岡女子商業高校の2校による合同プロジェクトとして発足しました。
高校生が自ら福岡都市圏特有の水事情を学び、考える中で高校生のキャリア教育の充実を図るとともに、渇水を経験していない若い世代にも福岡都市圏の水事情を理解してもらうという、高校側、企業団側の双方にとって効果の高い取り組みであり、このような話が高校側から打診され実現に至ったことは大変うれしいことです。
先日、8月26日(土)には、天神地下街のイベントコーナーでこの高校生プロジェクトの一環として街頭キャンペーンを行いました。
会場には、来場者がメッセージを貼り付ける大きな「ありがとうの木」を設けましたが、予想をはるかに上回る大盛況で「ありがとうの木」には300枚を超えるメッセージが隙間なくびっしりと貼られました。
私がこの日一番うれしかったのは、街頭に立った高校生たちが来場者に対し、自分の言葉で福岡都市圏の特殊な水事情を語り、筑後川への感謝のメッセージを集めたいと訴えかけていたことです。
私たち企業団が50周年を契機に取り組み始めた情報発信をジブンゴトとして受け止め、咀嚼し、自分から次の誰かに伝えようとしてくれている。
情報発信のバトンがリレーのようにつながり、私たちの感謝の気持ちが伝わり広がっていくことで、福岡都市圏260万人の中に浸透していくでしょうし、その想いは水源地域の皆さんにも伝わっていくに違いありません。
福岡都市圏と水源地域の「対話」のために
50周年記念事業の目的は情報発信による福岡都市圏と水源地域住民の相互理解の浸透。
両地域の相互理解は、これから先50年、100年と続いて水を融通し合う両地域の連帯を確かなものとするための前提となるものです。
福岡都市圏に住み、筑後川の恩恵を受けて暮らす市民がそのことに感謝し「ありがとう」と言葉を発する。
その感謝の言葉が可視化され、巡り巡って水源地域に届き、水源地域の理解と協力が福岡のまちを支えているという自負につながる。
両者の相互理解に根差した信頼関係の構築に必要なのが「対話」です。
私たち企業団が「ありがとうの森」プロジェクトで筑後川への感謝の言葉を集めることは、福岡都市圏と筑後川流域、2つの地域に暮らす人たちが互いに言葉を交わす「対話」を代行し、両地域の相互理解を促進するという側面もあるわけです。
10月14日の企業団50周年記念式典では、集まったありがとうの数に合わせて私たちの水源を守る森となる苗木を水源地域に贈呈します。
感謝の気持ちを苗木というかたちにして贈ることもまた、両地域の相互理解、信頼関係構築のための橋渡し、つまり「対話」のひとつの在り方だと思っています。
3つの「対話」いかがでしたでしょうか
組織内部、職員同士の「対話」、自治体組織外の関係者、協力者との「対話」、そして自治体と住民、あるいは住民同士の「対話」。
いずれも困難で、しかし必要な取り組みです。
私は企業団50周年記念事業という実践の場を得て、この3つすべて同時に挑戦できたことを大変うれしく思います。
まだ道半ばですが、この取り組みで蒔いた種がいつか芽吹き、大輪の花を咲かせることを祈念し、日々の「対話」に精進していきたいと思います。
(「対話が拓く水道企業団の未来⑤~最終章! 50周年事業という『対話』が起こした化学変化」に続く)
『「対話」で変える公務員の仕事~自治体職員の「対話力」が未来を拓く』(公職研)の表紙カバー
『自治体の“台所”事情~“財政が厳しい”ってどういうこと?』(ぎょうせい)の表紙カバー
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