「大東市方式総合事業」のきっかけ
「大東市方式総合事業」と言われる取り組みを行うきっかけは「全国一律の介護保険サービスから大東市(大阪)の総合事業として、本当に太鼓判を押して自信をもって提供できる住民サービスをつくらなければならない」と考え、そのために、そもそもの全国一律の介護保険サービスが本市でどのような状況になっているのかを徹底的に実態調査をしたことです。
(参照:公と民の地域資源フル活用で介護給付費「年間3億円超削減」)
介護保険サービスがそのままで太鼓判を押せる市民サービスになっているのであれば、何も変える必要がなく、そのままラベルを貼り替えて総合事業として介護保険サービスと同じものを提供し続ければよいのですから。
本市の予防給付の状況把握は次の項目です(下画像参照)。
「自立」を妨げる構造
その結果、地域包括支援センターもケアマネジャーも介護サービス提供事業者も誰一人として、利用者である住民を元の生活に戻すという「自立」を目指していないということが明らかになりました。
また、元の生活に戻す「自立」に向けたサービスである「自立支援」に必要な技術も持ち合わせていないことも明らかになりました。
大東市の要支援の方々がどんどんと悪化していることが把握されましたが、それを地域包括支援センターもケアマネジャーも介護サービス提供事業者、誰一人として何の疑問も問題も感じていませんでした。
1ヵ月の新規認定者の実に57%が要支援の認定でした。月よっては7割が要支援のこともありました。しかも、その要支援の認定者の約半数は骨関節疾患が原因でした(下表参照)。
要支援認定者の多くが後期高齢者です。後期高齢者の骨関節疾患は加齢に伴う筋力低下と受け止められがちですが、実は不活発な生活によって引き起こされている筋力低下の要因の方が主要因であることがわかってきています。
まだ介護保険制度がなかった20年ほど前なら病院に半年ほど入院して、しっかりリハビリテーションが行われ、自立となっていたはずの後期高齢者が今では入院によるリハビリテーションは2~3ヵ月で、その後は介護保険サービスを利用することになっています。しかし、この介護保険サービスでは退院後3~4ヵ月後に誰も自立になっていません。
こんなことなら、昔のように半年入院して自立になってから自宅に戻ってきてもらった方がよいのではないかと思うくらいです。
現行のリハビリサービスの問題点
介護保険サービスの中にもリハビリテーションのサービスが存在しています。訪問看護の中にもリハビリテーション専門職によるサービスがあります。
しかしながら、それらのリハビリテーション専門職によるサービスへのオーダーは「自立=介護サービスに頼らない元の生活」ではなく、あくまでも「病院で提供されていたようなリハビリをしてください」というオーダーなのです。
今の入院期間が短くなった病院でのリハビリテーションのゴールは、ひとりでトイレに行けるようになることです。そのゴールを目指して、ひたすら身体機能向上のためのリハビリテーションが提供されます。
そして、そういったリハビリテーションを受けた人が、トイレ動作が自立となり、ゴールを達成し、退院できた後のリハビリテーションでは、何がゴールなのでしょう?
ここに掃除や洗濯、買い物、調理動作の自立や地域活動への参加といったゴール設定がないまま、唯々、病院で受けていたようなリハビリテーションが開始されてしまっています。
「元の生活に戻そう」という力学が働かない
ヘルパーサービスの具体的な内容では、実に9割以上が生活支援となっていました。身体介護は見守りを含めても1割と驚きの結果でした(下グラフ参照)。
そもそも、要支援1および要支援2へのヘルパーサービスの給付額は介護1以上の生活支援の単価よりも高く設定されていました。
それは、要支援の方々が元の生活に戻るために、見守りながら、自らができる生活動作を増やしていく手間分のはずでした。重度者へのヘルパーサービスのようにできない作業を代わりに支援しているだけでは、いつまで経っても要支援の方々が元の生活に戻れるはずがないのですから。
本市のヘルパーサービスの内容からは、元の生活に戻そうという力学が働いているとは到底考えられませんでした。
総合事業で結果が出ない3つの課題
多くの自治体において実施されている総合事業で成果を出せていない原因は様々な要因があると考えられますが、一番大きな要因は、公務員たちが大きな変化を怖がっていることにあると考えています。
大きな変化はケアマネジャーや介護保険サービス提供者、住民に与える影響と混乱が生じる危険性があり、それが苦情に繋がるという公務員にとって、一番避けたい事項であるでしょう。
人口の大きな自治体では、総合事業の説明会でケアマネジャーや介護保険サービス提供者たちに「何も変わりませんから安心してください」と言っています。
この「何も変わらない」ことで、将来、どのような状況が待ち受けているのか、何も変えないまま、どうやって「安心」できる地域をつくれるのか、大変疑問です。
(参照:住民と事業者に「意識改革をしてもらう」)
二番目は、それぞれの自治体にとっての総合事業の意味、実施する目的が明確になっていないことです。
国が決めたから、仕方が無くやっているけれど、本当のところは全国一律の介護保険のままでいいのにと思っている職員も少なくないと思います。
保険者である自治体の方針が定まっていないと、最前線の地域包括支援センターやケアマネジャーはどこに向かって、どのように進めていけばよいのかわからないのも当たり前だと思います。
三番目は、総合事業ではこれまで基礎自治体がやったことのない事項が多いことにあります。
自治体の判断で決める給付費や基準に始まり、住民主体の通いの場や生活支援といった、地域住民を巻き込みながら、しかも、これまでのように住民と行政の連携や協働を超えた、住民主体の取り組みを展開することが求められています。
(参照:高齢者の安心は「地域の介護」がつくる)
こんな状況の基礎自治体の方が多いというのに、国は「総合事業の組み立ては終わったから、後は自治体の役目」と総合事業の推進の支援から撤退しています。
多くの基礎自治体が総合事業によって混迷を極め、半分以上の自治体が何も変えることができていません。
この状況の中、フレイル健診(高齢者のうち、身体機能が低下し、心身が弱る状態「フレイル」の人を把握し、要介護になるのを防ぐ助言などをするための75歳以上を対象にした健診制度)からの高齢者の保健事業と介護予防の一体的な取り組みや地域共生社会など、次々と基礎自治体に指令の矢が突き刺さってきています。
うまくいっている自治体とうまくいっていない自治体との間で、ますます格差が生まれています。
“ケアプランの考え方”に変革が必要
大きな要因は前述の3つだと思いますが、他には、せっかく住民主体の通いの場がありながら、総合事業で活用できていないことです。これは地域の資源があっても、ケアプランの考え方を変えなければ、せっかくの地域資源がケアプランに反映されることが無いからです。
(参照:難しくない「住民主体の介護事業」の推進)
また、自治体によっては、通いの場は「あくまでも健康づくりであり、総合事業の受け皿ではない」という姿勢で元気高齢者だけをターゲットとした通いの場づくりを貫いているところも見受けられます。
自治体の考え方なので否定はしませんが、元気でなくなった虚弱高齢者を給付サービスで賄っていける財源と介護のマンパワーが潤沢に確保されているのであれば、この道も有りだと思いますが、本当に大丈夫なのかと疑問が沸いています。
このような自治体は健康づくり分野と介護分野が腹を割って、住民のために何を為すべきかを話し合う必要があるように思います。
本連載「高齢者が続々と介護を“修了”できる『大東市式総合事業」の仕組み』のバックナンバー
第1回:公と民の地域資源フル活用で介護給付費「年間3億円超削減」
第2回:住民と事業者に「意識改革をしてもらう」
第3回:高齢者の安心は「地域の介護」がつくる
第4回:難しくない「住民主体の介護事業」の推進
逢坂 伸子(おうさか のぶこ)さんのプロフィール
医療法人 恒昭会 藍野病院に勤務後、大東市役所に入庁。IBU 四天王寺大学人文社会学研究科 人間福祉社会専攻 博士前期課程 修了、大阪府立大学総合リハビリテーション学部研究科 生活機能・社会参加支援領域 博士後期課程 修了。厚生労働省「地域づくりによる介護予防推進支援モデル事業」広域アドバイザー(2014年4月~2016年3月)、同省「地域づくりによる介護予防推進事業検討委員会」検討委員(2016年4月~2017年3月)などを歴任。現職は大東市役所 保健医療部高齢介護室 課長参事(2019年11月末現在)。
<連絡先>
電話:072-870-0513(大東市 保健医療部高齢介護室 直通)
メールアドレス:ohsaka@city.daito.lg.jp