ミュージックツーリズムの成功例
群馬県渋川市は、日本屈指の温泉地である伊香保温泉を抱えるまちだ。渋川市で毎年6月上旬に開催される音楽イベントが「1000人ROCK FES.GUNMA(以下、1000人ROCK)」である。
1000人ROCKは、経済効果だけでなく、まちの魅力を伝えるシティプロモーション、若者のシビックプライドの醸成、地域の文化向上など、地域の活性化に不可欠な様々な効果をもたらし、ミュージックツーリズムの成功例といえる。
1000人ROCKは、ボーカル400人、ギター300人、ベース200人、ドラム100人からなる1000人という日本最大規模のバンドによる演奏と、イベント全体の演奏時間がわずか20分程度で終了する、という特徴をもつ。6月の閑散期に、出演者1000人、観客3000人、合わせて4000人が集まり、まちは活気にあふれる。
~渋川市の概要~
群馬県のほぼ中央部、関東平野の始まる位置にあたり、2006年に旧渋川市と北群馬郡伊香保町・小野上村・子持村、勢多郡赤城村・北橘村の新設合併により、現在の渋川市となった。人口7万5,953人(2020年10月末現在)。古くから宿場町として栄え、群馬県を代表する名湯・伊香保温泉がある。日本の主要四島で最北端の北海道宗谷岬と最南端の鹿児島県佐多岬を円で結んだ中心に渋川市が位置しているため、「日本のまんなか」「日本のへそ」とも呼ばれている
1000人ROCK FES. GUNMA実行委員会(以下、実行委員会)委員長の柄澤純一郎氏は、1000人ROCKがまちの魅力を知ってもらう機会につながっていると話す。
「伊香保温泉には、まちの中心部に石段街と呼ばれる観光名所があるのですが、1000人ROCKがあった日の石段街には、普段の観光客の格好とは違う、革ジャンやTシャツ姿の人たちをやたらと見かけるんです。イベントに参加したついでに、はじめて伊香保温泉を訪れる人も多いようです」(柄澤氏)
「人が集まるのか?」フタを開けると参加希望者が殺到
1000人ROCKは、渋川青年会議所のメンバーである柄澤氏がイタリアで開催された『Rockin’1000』のイベント動画を見て心を動かされ、同会議所の創立50周年記念行事として2017年6月3日に開催したのが最初だ。この時、演奏された楽曲は、群馬県を代表するロックバンド、BOØWY(ボウイ)の「B・BLUE」。
「そんなに人が集まるのかと心配する声がありました」(柄澤氏)
ところが、ネットニュースのトップページに掲載されると参加希望者が殺到、数日で予定人数達成となった。
チケットがソールドアウトしたことで、イベントへの期待がふくらみ、新聞やテレビなどから取材依頼が舞い込んだ。開催が近づくにつれ、地元の応援の声や賛同者が続出、支援の輪が広がっていった。
一方で、会議所内に音楽イベントを手掛けたことのある人間はひとりもいなかった。
「会場に1000人が集まり、果たしてまとまった演奏ができるのか誰もわかりませんでした」(柄澤氏)
こうした不安と心配を抱えたまま、青年会議所メンバーは本番当日を迎えた。早朝から演奏者が続々と会場に集まり、リハーサルを終えて、14時に「B・BLUE」の演奏がはじまった。すると、1000人のバンドメンバーがこの日はじめて会ったとは思えないほどに、息もぴったりの演奏で、観客も含め会場全体が一体となって盛り上がる。
演奏後、大歓声のアンコールが巻き起こり、1000人のロックバンドはその声にこたえてアンコール曲を披露。会場のテンションは最高潮に達した。アンコール終了後も熱気が収まらず、再度「B・BLUE」を演奏。演奏時間わずか20分。世界最短のロックフェスが終了した。
目的はシティプロモーション
1000人ROCKの目的は渋川市のPR、シティプロモーションだ。先述のとおり、ネットニュースでの記事掲載を機に、開催前からさまざまなメディアに取り上げられ、大きな注目を集めた。イベント当日も、民放各局、大手新聞社などから取材が入り、本番の模様がメディアを通じて全国に紹介された。1000人ROCKは渋川市というまちをPRする絶好の機会になったのだ。
イベント終了後もPR効果は続いた。実行委員会自らがイベント本番の模様を映像に収め、それをYouTube で配信したからである。この映像は、高所作業車や数台のカメラを用いた大掛かりなもので、上空から撮影した1000人のバンドメンバーが一斉に演奏を行う迫力ある姿や、メンバー個々の細かい動きや特徴あるファッション、3000人の観客がバンド演奏を楽しむ様子が映しだされ、イベントの盛り上がりがダイレクトに伝わる作りになっている。(下の動画参照)
柄澤氏はライブ演奏の映像収録に強いこだわりをもっていた。それは、自身がYouTube で『Rockin ’1000』のライブ映像を見て衝撃を受け、1000人で演奏する迫力ある様子を映像に収めたいと考えていたからだ。高所作業車を駆使し、複数台のカメラを用いた、本格的なライブ映像の収録はさぞかし大金がかかっただろうと思いきや、ほとんどかかっていないという。
「高所作業車は、青年会議所メンバーが普段仕事で使っているものなので、お金はかかっていないんです。カメラも、私の弟が勤める映像会社の社長さんのご厚意でお借りしました」(柄澤氏)
人脈を駆使して、低コストで映像作品を作り上げたのである。
音楽イベントが盛り上がっていたとしても、その盛り上がりや興奮は口頭では伝わりにくい。しかし、映像だと、それが一瞬で分かる。そして今ではYouTube を使って、誰でも簡単に映像を公開することができる。
1000人ROCKの迫力ある映像作品は話題を呼び、イベント終了後も民放のテレビ番組で取り上げられるなどして、後パブリシティとして大きな効果を発揮した。1000人ROCKは、渋川のまちをPRするシティプロモーションの役割を十二分に果たしたのである。
(「“新しいシビックプライド”を創る~渋川市『1000人ROCK FES.GUNMA』後編」に続く)
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本連載「“ミュージックツーリズム”で『新しい地方の時代』を拓く自治体」のバックナンバー
#1:アフターコロナの地域観光と地域活性化の“切り札”
https://www.jt-tsushin.jp/article/yagi-music_01/
八木 良太(やぎ りょうた)さんのプロフィール
流通経済大学経済学部准教授
博士(経営学)
1973年愛媛県生まれ。横浜国立大学大学院社会科学研究科企業システム専攻博士課程修了。専門は経営学(経営戦略論、経営組織論、リスクマネジメント論)。大学卒業後、アルファレコード、ビクターエンタテインメントにて、アーティストのマーケティング戦略・事業計画の立案実施に携わるとともに、邦楽ディレクターとして多数のアーティスト・企画作品を手がける。地域デザイン学会特命担当理事。日本リスクマネジメント学会評議員。
著書に「音楽産業 再成長のための組織戦略:不確実性と複雑性に対する音楽関連企業の組織マネジメント」(東洋経済新報社、2015年、平成28年度日本リスクマネジメント学会優秀著作賞受賞)、「音楽で起業する 8人の音楽起業家たちのストーリー」(スタイルノート、2020年)などがある。
最新刊は「それでも音楽はまちを救う」(イースト・プレス、下の囲み記事を参照)
<連絡先>
八木良太研究室 https://yagi-ryota.jimdofree.com/
~八木准教授の新著「それでも音楽はまちを救う」(イースト新書)の概要~
ミュージックツーリズムという新提言。アフターコロナは音楽と地域観光が花開く!音楽の力で、地域経済はもう一度やり直せる。「地方創生」が謳われて6年。日本各地で、故郷を救うべく有志が立ち上がっていた。その熱意が結実し、さまざまな音楽イベントが生まれ、活況を呈している。彼らはいかにして、イベントを成功に導いたのか? 人々を熱狂させ感動を与える音楽の力を、観光業に取り入れることで、地域経済はもう一度やり直せる。そこには、新型コロナウイルス禍に見舞われた地方を救うヒントもあった。音楽を愛するすべての人の思いが、活気を失ったまちに大きな波を呼び込む。詳細な調査で迫った、地域再生の現場。
【目次】
第1章 世界に学ぶ音楽観光
第2章 音楽観光で成功を収めた日本の先駆者たち
第3章 音楽でまちを救うために~ミュージックツーリズム実践編~
第4章 音楽イベントのリスクマネジメント
第5章 まちはコロナ禍といかに闘ったか