※下記は自治体通信 Vol.61(2024年10月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
コロナ禍が収束し、国内の多くの観光地でインバウンドを含めた観光客数の回復が見られている。その数はコロナ禍以前を上回る水準にある地域も少なくない。白馬村(長野県)もそうした地域の1つである。同村の観光需要回復の背景には、「異色の経歴」を持つ村長の丸山氏のもと、持続可能な観光産業の発展を目指した施策を重ね、国内外から注目を集めてきた取り組みがあった。その取り組みの背景やそこにかける想い、さらには今後の行政ビジョンなどについて、同氏に聞いた。
丸山 俊郎まるやま としろう
昭和49年10月、長野県白馬村生まれ。日本大学商学部経営学科卒業。株式会社オリエンタルランドに勤務し、テーマパークのキャストに従事。その後、オーストラリアビーチリゾートでのワーキングホリデーや、外資系証券会社のプライベートジム英語インストラクターなどを経て、平成21年に家業である温泉旅館「しろうま荘」の支配人に就任。平成24年に、「しろうま荘」がワールド・ラグジュアリー・ホテルアワード スキーリゾート世界一を受賞。平成28年には、ラグジュアリー・トラベル・ガイド・アワード ホテル支配人世界一も受賞。令和4年8月に、白馬村長に就任。
「観光産業の活性化」。その手法にも問題意識が
―令和4年8月の村長就任から2年が経過しました。この間の行政運営を振り返ってください。
就任当初は新型コロナウイルス対策を徹底し、住民の不安を抑えることを第一に考えながら、もう1つの課題であった経済回復に向けた行動にも力を入れました。私が就任した直後の9月には、すでに海外からスキー客の予約が入り始めていましたが、政府による海外からの観光客受け入れの判断がまだ下っておらず、当村を含めスキーリゾートを抱える国内各地の自治体では相当に危機感を強めていました。そこで、感染症対策を徹底し、地域の理解醸成や観光客受け入れ体制の整備を進めながら、政府に水際対策の緩和・撤廃を働きかけ、規制緩和直後には長野県知事とともに豪州へのトップセールスを行いました。これらの活動の結果として、令和5年11月から令和6年2月までの観光客数が113万人を超えて過去20年で最多となったことは、1つの大きな成果であったと考えています。
ただし、この数字の背景には、就任前から地域が一体となって進めてきた取り組みがありました。
―詳しく教えてください。
かつて冬のスキーや夏の登山を中心に観光立村として栄えてきた白馬村でしたが、バブル経済の崩壊やスキーブームの終焉を受けて近年に至るまで基幹の観光産業が大きく衰退してきた経緯があります。地元旅館の息子として生まれた私としては、まずは「観光産業の活性化」に対して特に強い危機感がありましたが、同時にその手法に対しても問題意識がありました。というのも、平成10年に開催された長野オリンピックのメイン会場の1つとなった白馬村は、このオリンピック景気で一時的な盛り上がりを見せた時期もあったのです。しかし、長期的な衰退の流れには歯止めをかけることはできず、むしろ観光客の激増・激減や地価の乱高下を経験するなかで地域の産業基盤が脆弱化した側面もありました。
それだけに、観光産業の「持続可能な発展」に対しては、私個人としても地域全体としても強い課題意識を抱いてきました。村長就任に際し、「コロナ禍を乗り越え、持続可能な次の白馬へ」をスローガンに掲げてきたのには、そうした経緯がありました。
五輪景気での過剰投資で、ソフト面の重要性に気づく
―テーマパークのキャスト経験や宿泊事業者として世界的な受賞歴を持つ丸山さんが、村長に就任した理由もそこにあるのですか。
そのとおりです。「異例の経歴」とよくいわれますが、振り返れば、その経歴はすべて現在の問題意識につながっているといえます。たとえば、長野オリンピックにおけるハード面への過剰投資によって、その後地元産業が立ち行かなくなった状況を経験したことは、ホスピタリティやエンターテインメントといったソフト面の重要性に目を向けるきっかけになっています。その分野では日本でトップといわれていたテーマパーク事業者に就職したのも、それを学ぶためでした。また、家業の旅館を引き継いでからは、雄大な山岳景観やスキー文化、おもてなしの心といった白馬固有の強みや魅力に根ざした施設運営を磨いてきました。その結果、ホテル業界のアカデミー賞とされる「ワールド・ラグジュアリー・ホテルアワード2012」や、「ラグジュアリー・トラベル・ガイド・アワード2016」といった世界的な表彰で最高賞を受賞することができました。この貴重な経験は私にとって、地域資源に立脚した「持続可能性の追求」という観光産業の1つの在り方に対する意識をより一層強める契機になりました。
行政運営にも活かされているディズニーフィロソフィー
―そうした過去の経験は、現在の行政運営にも活きていますか。
はい。ホスピタリティを重要視する姿勢については、日々の住民サービスに活かすことを心がけています。訓示の中にも、私も共感する「毎日が初演」といったウォルト・ディズニーのフィロソフィーを頻繁に織り交ぜています。職員側からみると同じ手続きであっても、その住民にとっては人生で初めての経験かもしれませんから。また、私自身が職員向けに「おもてなし研修」を開催することもあります。さらに、ディスエイブルド、いわゆる障がいをお持ちの方々への受け入れに対する多くの学びは、地域公共交通施策やユニバーサルツーリズムの実践にとても活かされていると思います。そうした地域全体としてのソフト面における地道な磨き込みが、かたちとなって結実したのが、観光庁の「持続可能な観光推進モデル事業」への採択であり、また国連世界観光機関(UNWTO)による「ベスト・ツーリズム・ビレッジ*」選出だったと受け止めています。
―それらは、白馬村にとってどのような意味がありましたか。
「ベスト・ツーリズム・ビレッジ」で国際的に評価された「山岳」「スキー」「民宿」「農業」「里山文化」といったコンテンツは、もともと白馬村が抱えていた地域資源にほかなりません。それらが対外的に認められたことによって、白馬村が持つ「世界水準」の魅力に自信を深めるとともに、それらを磨いていくことこそが持続可能な地域価値の向上につながることを地域全体が理解しました。この意味はなによりも大きかったと思っています。この経験は、村民や事業者、そして行政が一体となって豊かな地域資源を守る現在の決意へとつながり、持続可能な観光地経営の実現と継承への原動力にもなっていくと感じています。
*ベスト・ツーリズム・ビレッジ: 持続可能な開発目標に沿って、観光を通じて文化遺産の促進や保全、持続可能な開発に取り組んでいる地域を認定する。人口1万5,000人以下の自治体や地域が対象
人々の「拠り所」となる、「観光地経営計画」を策定へ
―白馬村における今後の行政ビジョンを聞かせてください。
令和8年度からスタートする次期「観光地経営計画」の策定に向けて、地域一体となった議論を進めていきます。ここには、「ベスト・ツーリズム・ビレッジ」で評価された世界に誇る白馬の魅力を守り、継承していくことを軸として、白馬村の観光に携わるすべての人々の「拠り所」となるような価値基準を示していきます。また、自然環境に依存した観光で成り立つ白馬村としては、環境施策にもより一層力を入れていきます。全国の町村で最初に打ち出した「気候非常事態宣言」に関連し、今年度はゼロカーボンへのロードマップを作成しました。その実行の主体となる、住民の政治参画を促す「自治基本条例」の制定も急ぐべきテーマとして念頭にあります。まだやるべきことは、たくさんありますね。