アナログ業務で発生していたさまざまな弊害
―訪問看護現場をIT化する前はどんな課題があったのでしょう。
さまざまなシチュエーションで、ムダな手間が発生していました。
たとえば写真撮影。訪問看護をした際、(※)褥瘡(じょくそう)部分や保険証などを撮影して管理するのですが、撮影後は訪問看護ステーションに戻り、手作業でパソコンに読み込ませてタイトルをつけ保管する、というような工程が発生していました。
また、治癒に向けた主体的な意識づけも期待して、患部の写真を利用者の方にも確認してもらうのですが、担当看護師は複数おり、各々が自分のスマホを使って撮影しているため、画像での経過確認は無理。プリントアウトするしかありませんでした。
さらに訪問の際、利用者のカルテを持っていけないのも不便でした。現在では個人情報保護の観点から、メモ一枚でも訪問看護ステーションから持ち出すときには、紛失、漏えい防止に万全の注意が必要です。万が一、移動中になくしてしまったら大変ですから。
※褥瘡(じょくそう):布団やベッドなどと触れる部分の皮膚が、長い間圧迫され続けることで血流が不足して、皮膚や筋肉などの組織が壊死する状態のこと
―ほかに困りごとはありましたか。
緊急時の対応に必要な最新情報の更新に手間がかかる点です。当訪問看護ステーションは24時間体制で、オンコールの担当者が当番制で緊急用の携帯電話を持ち、対応します。そのために必要な情報は専用ファイルを準備し、利用者からの緊急連絡があった際の確認に使っていました。ただ、刻一刻と変わる利用者情報の更新はタイミングが悪ければ役に立たないので、これが手間でした。
また、リスクマネジメント上、管理者が外出しているときに、現場でなにが起こっているか、把握しにくいのも問題でした。当事業団の訪問看護ステーションは4つあるのですが、どこも比較的大規模。多い日ですと1日の訪問件数が100を超えることも。それだけでも管理が大変なのですが、現場で起こったクレームや事故の把握が遅れると、適切な対応が後手に回ってしまうのです。
そうした問題に対応するため、現場のIT化は早急に行っていく必要があったのです。
導入のポイントはわかりやすいかどうか
―約1年前にシステムを導入されています。どのような成果が出ているのでしょう。
作業の手間が省けています。たとえば、タブレット端末で撮影するだけでそのまま利用者情報に紐づけられるうえに、患部の療養経過をその場で確認してもらえます。
また、家族の方からの連絡など細かい連絡事項は紙ベースだと雑多になりがちなのですが、ICTを使うことで、経過が見渡せるようになりました。
さらに、セキュリティが万全なので、電子カルテを現場で確認でき、いつでもどこでもリアルタイムで情報共有が可能。とくに24時間対応には非常に役立っています。スタッフ全員で情報共有するので、「こういうときはこう書けばいいんだ」とカルテの記録方法も共有でき、スタッフの記録の質も上がっています。
―さまざまなサービスからeWeLL社のシステムを選択されたそうですね。決め手はなんですか。
わかりやすさです。所長たちが口をそろえて「これがいい」と。初めて操作画面をみた時点で「あ、わかりやすいな」という感じでした。項目や文言など、細かいところまで訪問看護師の目線で作成されていたので、ITが苦手なスタッフでも「これなら役に立ちそう」と言うほど。
導入して1年が経ち、スタッフも徐々に使い慣れてきたために、「もっとこうした機能があればいい」といった現場のニーズも増加。そうした細かい要望にも対応してもらえて、助かっていますね。
訪問看護の認知度をもっと上げていきたい
―訪問看護現場のIT化はやはり重要だと実感していますか。
そうですね。業務改善はもちろん、近年は利用者を囲む背景がずいぶん複雑になり、さまざまな人がかかわるようになっています。そうしたなか、いろんな情報がバラバラにあるのではなくて、ひとつのシステムのなかに全部が入っていることが重要。それが、利用者への適切なサポートにつながっていきます。やはり紙ベースでは、限界がありますね。
IT化は業務改善だけでなく、やり方やシステムの内容次第で質を高める効果が期待できます。eWeLL社にそのことを相談したら、実現に向けて考えてくださっています。実現が楽しみです。
―訪問看護における今後の活動方針を教えてください。
訪問看護でいちばん大事な役割は、異常を早期発見し、適切な医療に早くつなげること。しかし、訪問看護の認知度がいまだに低いのが課題です。利用者だけでなく、病院の医師や看護師、さらにケアマネジャーにおいても訪問看護の役割が十分に理解されていないのです。それゆえに病状の進行の発見が遅れ、対応が後手に回ることも。訪問看護制度の複雑さも理解の遅れに拍車をかけています。
逆に「こんな制度があるならもっと早くに知りたかった」という利用者の声も多く聞かれます。我々自身も「訪問看護は医療サービス」ということを意識したサービス提供をするとともに、対外的にしっかりアピールしていく必要があると考えています。
今後もいろんな可能性を探って訪問看護の質を上げることで、多様化する利用者のニーズに応えていきたいですね。
各自治体が積極的に取り組んでいる地域包括ケアシステムの構築。2025年問題を背景に、対策は急務だとされている。これまで西宮市社会福祉事業団 訪問看護ステーションの取り組みを紹介してきたが、そもそも訪問看護のIT化は地域包括ケアシステムにどんな影響をおよぼすのだろうか。現状をレポートする。
本当にほしい情報を共有できる仕組みづくり
世界一の高齢者大国である日本。よく耳にする「2025年問題」はまだまだ入口に過ぎず、2042年には65歳以上の高齢者人口はピークを迎え、じつに国民の2.5人にひとりが高齢者になるといわれている。これにより「今後、高齢患者が病院に殺到し、医者が対応できないうえに、ベッドの取り合いが始まるのでは」との懸念から、国が大きく政策の舵を切った。「高齢者の長期入院をなくし、今後は自宅で療養する」という方針を打ち出したのだ。
そのため、医療器具がついたままだったり、容態がまだ安定していない高齢者が自宅に戻って療養生活をするようになっている。昔では考えられない
容態の人を地域でケアしていかなければならないのだ。
くわえて近年は「老老介護」「認認介護」を余儀なくされる世帯が増えている。たとえほかの家族がいても、なんらかの問題を抱えてサポートできないというケースも多々ある。
こうした問題に対応するため、これからは医療・看護、介護、それに行政などがいかに連携して、在宅医療・看護、居宅介護を行っていくかが課題になっている。こうしたことが地域包括ケアシステムの構築につながっているのだ。
ただ「地域間の連携」とひとくちに言っても、ばく然と情報を共有したところでケアシステムはキチンと機能しない。たとえば在宅ケアの際、訪問介護のヘルパーから病院の医師へ「今日はシーツを替えました」という情報を共有しても意味はない。主治医がほしいのは、時系列にした患者の医療情報なのだから。そのため、本当に必要な情報をいかに共有する仕組みをつくるかが重要になってくる。
少人数でも対応できる業務体制が必要
とくに在宅ケアを「病院から地域への継続医療」ととらえた場合、地域は大きな病院にたとえられる。病院の場合、各病室を回って患者と接して日々の病状を並べて知っているのは看護師にほかならない。それを地域で担うのは誰か。急性期と慢性期などの状況や環境の違いもあるので一概にはいえないが、療養ケアを行える訪問看護師だといえる。
しかし、前出の山﨑氏が指摘するように、訪問看護の認知度は世間一般だけでなく、病院の医師や看護師、ケアマネジャーにもまだまだ低いというのが現状だ。「もっと早い段階で訪問看護を利用していたら、これほど病状は悪化しなかったという事例は後を絶たないのです」と、山﨑氏は悔しさをにじませる。
ただ、上の図表のように、病院または診療所が減る一方で、訪問看護事業所数や訪問看護利用者数は、徐々に増えていっている。今後はさらに「訪問看護」のニーズが高まっていくと予測され、訪問看護の業務の向上を図っていくことが地域包括ケアシステム構築のための重要なポイントになっていくのは間違いないだろう。
そこで懸念されるのが、訪問看護に対応できる看護師の人材不足。待遇の改善や教育体制の充実も急がれるが、少人数でも業務に対応できる環境を整えることが必要になってくる。
地域間による効率的な情報連携のなかでも、とくに緊急性が高い療養ケアの情報共有。さらに少人数でも対応可能な、フローの構築。こうした課題に対応するため、訪問看護のIT化はもはや必須だといえよう。