地域ごとの特性もあり 認知症対策はもはや必須に
―両市において、認知症対策は行政でどのような位置づけをしていますか。
<<山口>>
非常に高いといえますね。さまざまな調査により、認知症の方が当市内で約2000人いるという結果が出ています。とくに認知症徘徊対策でいうと、つい2、3日前も認知症の方が行方不明になったという通報がありました。幸い無事に発見されましたが、認知症徘徊対策は家族内だけの問題ではなく、行政と地域が一体となって取り組むべき時代がきていることをここ数年で実感しています。
<<並河>>
当市は高原と盆地で構成されていますが、高原には65歳以上の方が4割、盆地でも多いエリアで3割の方が住んでいらっしゃいます。高齢者だけの単身世帯に注目すると、高原で3割、盆地では多いエリアで2割弱。そのなかでも、近くに家族が住んでいるのと、そうでない場合もあります。
高齢者と家族の方が安全かつ安心に暮らせるよう、徘徊対策を含めた認知症への対応を行うのは非常に重要だと位置づけています。
―これまでどのような取り組みを行ってきたのでしょう。
<<並河>>
当市は、長寿会といった高齢者の方による地域組織が非常に発達しています。そうした方たちや民生委員の方などが見守り体制を組んでいます。あと、配送業者などさまざまな業者と連携協定を結び、屋内で異常がないかを確認する体制を構築。できるだけ見守る目を多くしようとしています。
また「ソーシャル・インパクト・ボンド」(※)事業のひとつとして、慶應義塾大学と公文教育研究会と連携。文章の音読や簡単な計算を解くといった、認知症予防のための『活脳教育』を実施します。
さらに、認知症に対する理解を深めることを目的とした「認知症サポーター」の養成を、学生を中心に行っています。学生の地域に対する関心がどんどん薄まっていくなか、認知症の方とどのように接していけばいいかを考えることで、地域に目を向けるきっかけになればと考えています。
<<山口>>
当市でも市民の方を対象とした「認知症サポーター」の養成講座を開催しており、約2400名の市民が受講しました。また、「認知症初期集中支援」として、市立病院の医療スタッフと連携。認知症の方の自宅を訪問して、その方にあった対応を検討するという取り組みをスタートしました。
そして、市内に8ヵ所ある介護事業者に「認知症地域相談員」を配置。認知症のことで悩む家族を対象とした相談窓口を開きました。
さらに、もっと気軽に認知症の悩みを共有したりアドバイスができる「認知症カフェ」を市内2ヵ所で開催。相談窓口があるといっても、誰もが相談に行けるかというとそうではありません。そのため、認知症について相談するハードルを、なるべく下げる取り組みを行っているのです。現在は月に1度開催していますが、今後は頻度を増やしていければと考えています。
※ ソーシャル・インパクト・ボンド:行政と民間事業者が連携して、社会問題の解決や行政コストの削減を図るために導入される投資の仕組みのひとつ。
人を見て判断する必要がなく携帯されやすいのではと実感
―そうしたなか、認知症徘徊対策として綜合警備保障(ALSOK)のIoTを活用した見守りサービスを導入したきっかけを教えてください。
<<山口>>
たとえ認知症の方であっても、見た目にはそうだとわからない方が多いんです。さまざまな方の協力を得て見守っていても、家族以外はどうしても見極めが難しい。ALSOKの『みまもりタグ』と『みまもりタグアプリ』、そして感知器がうまく機能すれば、自動的に連絡されるので、人を見て判断する必要がありません。そのため、この機器はある意味ネットワークにおける「もうひとりの見守り」になると考えたのです。
<<並河>>
以前から、GPS機能を搭載した機器を対象者に配るサービスを行っているのですが、端末が大きく、充電の手間もかかるため、そもそも持ち運んでくれないという問題がありました。
ALSOKの『みまもりタグ』を実際に見せてもらったとき、“この大きさなら外出時に携帯してもらえるのでは”、と感じましたし、以前の課題をクリアできるのではないかと考えています。また、民間資金を活用できるメリットがあり、新たな官民連携の取り組みだと思います。
実証実験を通じて地域間の意識向上に期待
―今後の取り組み方針を教えてください。
<<並河>>
どれだけ徘徊される方が発見されるかは、今後のKPIの話になります。ただ、これに対しては、個人的に“事例ゼロ”に越したことはないと考えています。それよりも起こりえることに向け、いまの時点でこうした取り組みを行うことが大事です。
アプリなどを実際に使うことで協力者のみなさんが、ニュースで観る他人ごとではなく、自分ごととして参加してもらうきっかけになればと考えています。
<<山口>>
人の見守りと機器の見守りにより、4重5重と網目のような支援体制を築けていければいいと考えています。
認知症は誰もがなる可能性があります。もちろん、私だって例外ではありません。今回の実証実験を含めた、さまざまな取り組みにより、笠間市民が“認知症というのはこういうことなんだ”という理解を深めていくことがいちばん重要だと考えています。やはり、家族だけで悩みを抱えるのには限界があるので、地域全員で考える必要があるのです。
当社は奈良県下に多くの路線バス網と傘下にタクシー会社を有し、県下の道路交通インフラの中心的な役割を担っています。地域に根差した交通系インフラ企業として、CSR活動の一環として協力したいと考えました。運行中のバスやタクシーが徘徊高齢者とすれ違う可能性や、徘徊の移動手段として当社のインフラ網が利用される機会も多いと考えられます。この特性を活かして、新しい地域の見守り体制の一助となることを期待。地域貢献活動に協力させていただくことは、大変意義深いものだと考えています。
バスやタクシーはなにより安全第一。安全運行の妨げにならないことを前提に、『みまもりタグ』の電波の受信と位置情報の発信ができる機器を車両内に設置することを想定しています。
笠間市のここ3年の傾向を見ますと、毎年少しずつですが認知症の方が行方不明になったという届出や徘徊者を発見したという報告は増えています。家族の方は「みなさんに迷惑をかけたくない」と自力で探されるケースが多く、そのぶん届出が遅くなり、捜索範囲が広範囲になりかねません。そうしますと発見が遅れ、生命身体の危険も高まってしまいます。今回の機器導入によって捜索範囲が絞れ、早期発見につながるのではと期待しています。
昨年の11月、警察と市、市民などにより、認知症徘徊者を想定・発見する訓練を実施。今後もこうしたヨコの連携を普段から構築し、いざという際の協力体制をスムーズにしたいと考えています。見守りの意識を、さまざまな機会を通じて呼びかけていきたいですね。