長崎県の離島では、昭和35年に33万人だった人口が、平成22年には19万人に減少。くわえて観光客の減少も進んでおり、県が「なんとか島をPRして人を呼び込もう」と、大型離島の3島を中心に検討を始めたのが『しまとく通貨』事業だ。県の主導のもと、平成25年に紙の地域商品券としてスタート。平成28年からは、市町主導の事業として電子化された。しま共通地域通貨発行委員会の事務局長・江口氏に、その詳細を聞いた。
市町が主導するにあたり、課題を解決する必要があった
―県主導の紙による『しまとく通貨』から、市町主導の事業となり、電子化に移行した経緯を教えてください。
紙による『しまとく通貨』事業は、初年度こそPR不足でかんばしくありませんでしたが、2年目から徐々にクチコミなどで利用者が増加。3年で180万セットの目標が、最終的には222万5000セットを販売。加盟店での利用額は、104億円を超えました。旅行会社とのタイアップツアーも3年目には約380商品になり、観光客の増加に大きく貢献しました。
3年間の取り組み予定でしたが、加盟店や商工会から「続けてほしい」という声が。そこで平成28年以降も、市町の単独予算で続けることが決まったんです。ただ、事業を続けるからには現状の課題を解決する必要がありました。
―どのような課題がありましたか。
まず、販売窓口に観光客がまとめて押し寄せ、混みあって購入に時間がかかる点。また、追加購入したくても観光地やホテルから遠い販売窓口に戻らなければならず、17時には閉まるので、夜は購入できませんでした。まとめて買うと量がかさばるのも課題でした。
加盟店の場合は、紙に裏書をしなくてはならないうえに、島にひとつしかない商工会に自分で行って手続きしなければならず、換金にも時間がかかっていました。
また、本来使うことができない島の住民が使用しているとの報告もあり、こうした課題を解決するには紙では限界があったんです。
電子化ならではの、集積データ活用にも期待
―そこで、電子化に踏み切ったんですね。
ええ。電子化することにより、そうした課題がいっせいに解決できることが見こめたんです。そこで、平成28年の10月から電子化した『しまとく通貨』を発行しました。
やはり先ほどの課題がすべて解決できるほか、印刷費用、在庫管理費用、運送費用といったコストがいっさいかからなくなりました。「電子化で高齢者が利用しにくいのでは」という懸念はありましたが、利用者からの意見を聞くたびに説明パンフレットを改善していますし、「簡単ですから、とにかく一度使ってみてください」と。いまでは、「使えない」というお声はほとんどなくなっていますね。
また、電子化ならではの付加価値にも期待しています。
―どのような付加価値ですか。
「どこにお住まいのどういった属性の方が、どこで買い物をして、どこに移動しているか」といったデータがわかることです。そうしたデータを集積することで、新しい商品企画に活かせますから。
また、購入時にアドレスを登録してもらうのですが、そこに向けた情報発信ができるように。いままでは交流人口の増加を主眼に取り組んできましたが、今後は島への旅行終了後にもアプローチすることで、少しでも島に関心をもつ人を増やしていきたいですね。
―壱岐市ではどのような観光施策を行っていたのですか。
「海とみどり、歴史を活かす癒しのしま、壱岐」をコンセプトに、壱岐全体で観光施策に取り組んできました。その活性化策のひとつとして、紙による『しまとく通貨』事業にふみきったのです。
5000円で、6000円分の『しまとく通貨』が購入できる仕組み。壱岐は東にいくほど知名度が低くなるんですが、導入後は関東の方もこられるように。
また、一般の家に泊まる❝交流民宿❞に取り組んでいるのですが、利用される修学旅行の学生がかなり増えています。これも『しまとく通貨』の効果でしょうね。
―電子化したことでどのような価値を感じていますか。
情報を発信するという意味でのインパクトはあったでしょうね。多くの方に利用いただき、いまではおばあちゃんが朝市で利用している風景もみられるように。
また、東京都の事業『しまぽ通貨』と連携したことも、電子化の影響が大きかったですね。お互いにPRしあうことで相乗効果を図っていきたいと思っています。さらに日本中の島が地域商品券でつながれば、面白い取り組みができるのでは、と。
壱岐では、神社が1000以上確認されています。今後は『しまとく通貨』を呼び水に、『神々の島、壱岐』をアピールしていく予定です。
東京都島しょ地域の観光客数は、昭和48年の約138万人がピーク。以降は徐々に減少し、現在は45万人前後で推移している。そのため東京都では、国内外からより多くの観光客を誘致するためさまざまな取り組みを行っている。今回の、プレミアムつき宿泊旅行商品券の電子化導入もその一環だ。観光部の前田氏に事業の詳細を聞いた。
島しょ地域全体の取り組みで『しまぽ』の電子化を開始
―近年、東京都における島しょ地域への観光施策を教えてください。
具体的には、島しょ地域を紹介するサイト『TAMASHIMA.tokyo』を立ち上げ、映像などで魅力を発信しています。そのほか、観光PRパンフレットや、海外に向けたテレビ番組などを作成。さらに、訪日外国人向けに島しょ地域を周遊する新たな旅行商品を造成・販売する旅行事業者に対し、必要な経費の一部を補助する事業などを行っています。
また、島内の観光地間の快適な移動に向けて、電動アシストサイクルや超小型モビリティを使った実証実験にも取り組んでいます。
―プレミアムつき宿泊旅行商品券の電子化を導入した理由はなんですか。
まず前提として、「島しょ地域全体が連携してPRする取り組みが必要」だと、平成25年に「東京諸島観光連携推進協議会」が発足。協議のなか、各島でスタンプラリーができる『東京島めぐりPASSPORT』、通称『しまぽ』事業を平成28年に開始したのです。
その後、いわゆる❝しまぽファン❞が現れるようになり、よりすそ野を広げようと『電子しまぽ』を検討。あわせて、電子化したプレミアムつき宿泊旅行商品券『しまぽ通貨』もセットで始めることにしたのです。平成29年度の『しまぽ通貨』では、7000円分を購入すると1万円分の宿泊旅行商品券に。7000円は宿泊に使用し、残りの3000円は飲食店やお土産屋などでも使える仕組みです。
現金が主流の島に対し、加盟店向け説明会を開催
―電子化の懸念点はありましたか。
島では現金が主流のため、クレジットカードとも異なる電子化された旅行商品券が加盟店の方に「どこまで理解され、協力していただけるか」という懸念はありました。やはり加盟店が増えないと、使える場所が限定されますから。そこで、東京都や東京観光財団が説明会を開いたり、日常的には各島の観光協会にコミュニケーションを図っていただくことで、徐々に浸透させていきました。開始時は156店舗だった加盟店が、いまでは250店舗以上に増えています。
―どのような効果を期待しているのでしょう。
『しまぽ通貨』『電子しまぽ』によって島に訪れる方が増えるのはもちろん、電子化によって旅行者の島内における行動がわかります。そこで、今後はそうしたデータを活用してよりサービスの向上に結びつけていければと考えています。また、各島で利用促進のアイデアを競いあうとともに、「島じまん」によって各島がさらに盛り上がり、よいものは横展開を図ることで島しょ地域全体が活性化することを期待しています。
―今後の方針を教えてください。
島しょ地域全体における魅力の向上をめざし、各島のまだ知られていない魅力を発掘して磨き上げ、発信していきます。『しまぽ通貨』『電子しまぽ』とも、うまく連携させて島しょ地域の活性化を推進していきたいですね。
―事業概要を教えてください。
当財団は、都と連携して東京都の観光振興に取り組んでいる公益法人です。具体的には「海外旅行者の誘致」「ビジネスイベンツの誘致」「観光情報の発信」「地域の観光振興」「受入環境インフラの整備」という5つの事業に取り組んでおり、今回の事業は「地域の観光振興」にあたります。
―今回の事業の反応はいかがでしょう。
たとえば、『しまぽ通貨』ではプレミアムが3000円分ありますので、「お得ですね」という声をいただいています。ただ、平成29年の10月に始まったばかりですので、まだ周知されているとはいえません。現地で知ったという方も、少なくないですから。当財団としても、竹芝のターミナルや空港でキャンペーンを実施するなど、事前に知っていただくためのPR活動を行っています。
―今後、『しまぽ通貨』『電子しまぽ』をどのように活用していきたいですか。
東京の観光といえば、どうしても都心部の繁華街が注目されがちですが、都内には自然を楽しめる観光資源がたくさんあります。なかでも島しょ地域は、まだまだ多くの観光客を受け入れることができるポテンシャルをもった素晴らしい地域。この事業をひとつのきっかけとして、島しょ地域の魅力を広くアピールしていきたいですね。
地元の強みを見直しPRするツールの役割に
―まず、地域商品券のあり方における近年の変化を教えてください。
求められる価値は、徐々に変わってきていると思います。もともと、国の政策として進められていた地域振興券が発端だといえます。こうした取り組みは単発なものが多く、予算がなくなれば終わり。地域活性化というよりは、単純にユーザーにとってお得であるとともに、地元の印刷会社など特定の事業者が潤うという側面が大きかったかなと。
しかし近年は、お得感にくわえてスキューバダイビングやカヤック乗り体験など、その地域でしかできない❝コト体験❞と一体化したような取り組みが進んでいます。これはやはり、「国から予算をもらって回していくだけの取り組みには限界がきている」と考える人が増え、「地元の特長や強みを改めて見直して、それをどうやって売り出すか」を地域自体が考えるようになったからだと思います。
そのツールとして、地域商品券が活用される傾向にあります。
―そんななか、地域商品券の電子化は進んでいるのでしょうか。
正直、現実的にはそこまでは進んでいないという印象ですね。ただ、地域商品券を活用していくにあたり、電子化する必要に迫られる課題があり、検討する自治体は増えていると思います。
ひとつは、紙による手続きの煩雑さ。莫大な量を商店街などで取り扱うことになるので、管理するだけでも大変です。手続きひとつとっても、利用者にも加盟店にも負担は大きいでしょう。
もうひとつは、キャッシュフローの問題。現金化するのに数ヵ月かかるケースもあり、売上があっても手元に現金がなく、仕入れができずに黒字倒産してしまうリスクがともないます。
さらに、ネットオークションなどによる転売問題。最近は不正利用の対策強化も進んでいますが、本来の目的とはかけ離れた利用を紙で防ぐのは困難です。そうした問題をクリアにするためにも、電子化は進んでいくと考えられます。
利用者と加盟店双方に、メリットの高い仕組みを構築
―今回の長崎と東京の取り組みをどう評価しているでしょう。
利用者にとっても、加盟店にとってもメリットの高い仕組みを実現していると思います。利用者は登録の際に若干のわずらわしさを感じるかもしれませんが、あとは画面上ですべて処理でき、UI/UX(※)も高いので使いやすい。
加盟店にとっても、電子スタンプをスマホにスタンプするだけというアナログに近いオペレーションで、すべての処理が可能。わざわざ新しいことを覚える必要はなく、紙による手続きの煩雑さから解放されます。また、高価な端末を加盟店が設置する必要はなく、電子スタンプさえあればいい。そのため、コスト面でもメリットは大きいでしょう。
※UI/UX:User InterfaceとUser Experienceの略。それぞれ、「人と物が接触する部分(画像、ボタンなど)」「人が物やサービスを通じてえられる体験(フォントが読みやすい、サイトの回遊がしやすいなど)」を示す
―今後、自治体が地域商品券の電子化を進めていくうえでのポイントを教えてください。
一人ひとりの利害を考えるのではなく、まち全体で電子化の価値を伝えることが重要ですね。新しい取り組みをする際、どうしても「現状を変えたくない」という人はいますから。電子化でえられるデータは、地域の重要な資産であることも伝える必要があります。人口減少のなか、短期的ではなく、自治体の未来を見すえた全体的かつ長期的な取り組みが重要であることを浸透させてください。