民間企業の取り組み
スマートシティ構想の立案
まちをシステムの集合体として捉え、各種事業の全体最適を図る方法論
株式会社ITID シニアマネージャー 寺村 良寛
まちの持続可能な発展を目指す取り組みとして、スマートシティの推進に着手する自治体が増えている。こうしたなか、コンサルティング事業を手がけるITIDの寺村氏は、「構想の立案段階に、トラブルを引き起こすリスクが潜んでいることがある」と指摘する。スマートシティの推進において想定されるトラブルをいかに未然に回避し、事業を成功に導いていくべきなのか。その方法を同氏に聞いた。
※下記は自治体通信35号(Vol.35・2022年1月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
利害関係者や別事業の存在を、考慮できているか
―スマートシティの推進に注目する自治体が増えていますね。
はい。国の政策的な後押しを背景に、自治体がスマートシティ事業に着手する動きは活発化しています。こうしたなかで我々は、スマートシティに取り組むうえで特に重要なポイントは、構想の立案にあると考えています。当面は問題なく事業を推進できても、将来なんらかのトラブルが起こるリスクが、立案の過程に潜んでいることがあるからです。そうした場合、「サービスが住民のニーズに合わず、ビジネスとして継続できなくなる」「利害関係者の反発に遭い、事業が中断してしまう」といったトラブルが想定されます。
―そうしたリスクが生じるのはなぜでしょう。
御旗となる全体のビジョンや目標が曖昧で、別の事業との整合性も十分に考慮されないまま、個別最適で事業が推進されてしまうからです。まちは、エネルギーや医療など複数の「システム」が複雑に重なりあって構成されています。しかし、手段ありきで参画者の技術やサービスを実装することだけに意識が向けば、後に利害関係者との間でトラブルが起きたり、全体として期待するような成果を得られなくなったりしてしまいます。
そこで当社では、「システムズエンジニアリング」という概念を用い、事業を手戻りなく成功に導くため、構想立案や実証実験、事業化の支援を行っています。
―システムズエンジニアリングとは、どのような概念ですか。
対象を複数の「システムの集合体」として捉え、全体最適を目指す考え方です。システムの集合体の全体最適を図るには、全体を俯瞰しつつ、まちや住民などステークホルダーの課題とニーズを把握。そこから必要な機能を明確にし、社会システムをデザインしたうえで、具体的な解決策となる個々のシステムを段階的に具体化していくアプローチが必要になります。
全体を俯瞰しながら、多面的な検証を行うべき
―そうしたアプローチは、どのようにまちづくりへ活かせますか。
たとえば、住民から「ヨガ教室を開いてほしい」という要望が出たとします。我々は、その理由を深掘りし、本質的なニーズを探ります。そこには、「軽い運動で汗をかける」「休息できる」という機能が求められているのかもしれません。そうなると、ヨガ教室が必ずしも最適解だと言えない可能性も出てきます。そこで、ほかの行政施策や既存の施設なども考慮しながら、ニーズと機能、手段を整理し、最適解となりうる社会システムを構想していくのです。
こうしたアプローチは、事業の実証実験にも応用すべきです。
―具体的に、どういった実証実験を行えばよいのでしょう。
事業のコンセプトを検証する「PoC*1」だけでなく、技術面の成立性を検証する「PoT」や、ビジネスとしての実現可能性を検証する「PoB」を、混同せず切り分けて計画的に行うことを我々は推奨しています。これにより、事業にからむリスクや改善点を多面的な視点から抽出できるからです。また、全体を俯瞰して実証実験を行うことにより、ほかの事業との相乗効果を狙いながら、改善を図ることもできます。
―自治体に対する今後の支援方針を聞かせてください。
当社は長年、製造業をはじめとした民間企業を対象に、システムズエンジニアリングを含む実績のある方法論を用いてモノ・コトづくりをサポートしてきました。今後はそのノウハウを活かし、自治体のスマートシティづくりを伴走支援しながら成功に導いていきます。「なにから着手すればいいかわからない」「実証実験を行っても、実用にいたらない」といった悩みを抱えている自治体のみなさんは、お気軽にご相談ください。
寺村 良寛 (てらむら よしひろ) プロフィール
滋賀県生まれ。早稲田大学理工学部を卒業後、株式会社電通国際情報サービスを経て、平成20年より株式会社ITIDに参画。大手自動車メーカーなどの事業企画や設計開発のコンサルティングに携わる。その後、製造業のノウハウを応用したスマートシティ支援事業を開始し、現在展開中。
Case Study in「荒尾ウェルビーイングスマートシティ」
令和3年度 国土交通省「スマートシティ先行モデルプロジェクト」支援対象事業
熊本県荒尾市 総務部 総合政策課 スマートシティ推進室長 宮本 賢一
[荒尾市] ■人口:5万1,071人(令和3年10月31日現在) ■世帯数:2万4,075世帯(令和3年10月31日現在) ■予算規模:520億6,268万3,000円(令和3年度当初) ■面積:57.37km2
複数分野からなるプロジェクトを、着実に進行できている
当市では、ITIDを含む企業や大学からなる協議会において、スマートシティ計画を推進しています。協議会の代表企業であるJTB総合研究所とまちづくりに関する研究を行っているITIDは、立案段階から参画し、全体における課題の整理や仮説立て、計画策定、実証実験推進などを担っています。
プロジェクトは、ヘルスケアやモビリティ、エネルギーなど分野ごとに多様な団体が参画する大規模なものですが、ITIDは全体を見渡す視座で計画的に進めてくれるため、進行は非常に順調です。ヘルスケア分野では、日常生活のなかで健康状態を観察する事業が、PoCを経てPoBを行う段階に入っています。また、モビリティ分野の一部事業はすでに実運用を始めています。
今後は、エネルギー分野で得られる電力使用データを見守り分野の施策に活かすといった、異分野間で相乗効果が見込める事業も検証していく予定です。全体を俯瞰しながらプロジェクトを着実に前進させてくれるITIDの支援に今後も期待しています。