長崎県佐世保市の取り組み
防災行政無線の刷新①
電波特性と整備コストを見極め、導入を決断した新無線システムとは
佐世保市 防災危機管理局 主幹 久保川 弘幸
※下記は自治体通信 Vol.42(2022年9月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
近年の自然災害の激甚化・頻発化を受け、総務省は令和2年12月、「緊急防災・減災事業債」の事業期間を5年間延長し、令和7年度まで継続することを発表した。これにより、各自治体では防災行政無線のデジタル化はもとより、導入設備の更新に乗り出している。そうしたなか、佐世保市(長崎県)では、「最適な伝達手段」の整備を模索し、新たな同報無線システムの導入に踏み切ったという。導入の経緯とその効果について、同市担当者に詳しく聞いた。
[佐世保市] ■人口:23万7,521人(令和4年8月1日現在) ■世帯数:10万3,814世帯(令和4年8月1日現在) ■予算規模:2,317億3,666万2,000円(令和4年度当初) ■面積:426.01km2 ■概要:明治初期までは、人口約4,000人の半農半漁の一寒村であったが、明治19年に旧海軍の鎮守府が設置されると急速に発展。戦後は平和産業港湾都市として発展し、「造船」・「炭鉱」を経て、現在は製造業とともに、県北地域の商業サービス業の中心となっている。また、昭和30年に指定を受けた西海国立公園や平成4年オープンのハウステンボスなどのアメニティリゾートが整備され、毎年多くの観光客を集める。
屋外拡声子局を増設しても、解消できなかった住民の不満
―これまでどのように防災対策を進めてきたのですか。
当市では、災害や緊急事態への対応を重点的項目に掲げ、防災行政無線の整備を進めてきました。平成17年以降、3度の合併で旧佐世保市に周辺6町がくわわりました。この段階で、すでに周辺6町は60MHzのアナログ同報無線を整備していましたが、旧佐世保市は屋外放送できる無線を整備していませんでした。そこで、平成22年度から3ヵ年で60MHzのデジタル同報無線を整備。市内全域での防災行政無線の整備が完了しました。
しかし、運用開始後にいくつかの課題が浮上してきました。
―どのような課題でしょう。
起伏に富んだ地形を有する当市では、地域によっては音達状況が悪く、市民から「聞き取りにくい」という声が寄せられるようになったのです。そこで、屋外拡声子局の増設を重ね、最終的には当初の551局から576局に増やしたものの、こうした不満を完全に解消するには至りませんでした。また、近年の災害などを踏まえ、確実な情報伝達を求められるようになり、戸別受信機の有効性に着目しました。
一方、周辺6町でもアナログ設備の使用期限が令和4年11月に迫っていました。そこで、デジタル設備への更新に併せて市内全域に戸別受信機の導入を検討。近隣の大村市の導入事例なども参考にさまざまな非常時通信システムを検討した結果、280MHzのポケベル波を利用した同報無線システムを選定し、令和元年度から2ヵ年でデジタル化更新を完了させ、戸別受信機の配備を進めています。
―決め手はなんだったのですか。
まずは、到達性と建物浸透性の高い電波特性をもつポケベル波を利用した戸別受信機の配備によって、「聞き取りにくい」という課題を解消できると考えました。ポケベル波は、200Wの高出力で電波を発信できるため、電波の不感地域の解消が期待できます。また、音声発信ではなく、文字情報を発信し、受信側で高音質の合成音声に変換する仕組みなので、住民は明瞭に聞き取れます。耐災害性も高く、地上回線と衛星回線の二重化が確保されているため、万一の災害時にも安心感があります。
さらに大きいのが、導入費用を大きく抑えられる点でした。
2システム併用でも、コストメリットは大きい
―詳しく教えてください。
高出力で発信できれば、送信局の数を減らせます。また、戸別受信機の配備も考慮した、事前の電波伝搬および音圧シミュレーションによって、周辺6町の屋外拡声子局を従来の215局から158局に減らせることがわかりました。事前のシミュレーションで必要最小限の設備規模を見極められたのは、大変ありがたかったですね。
また、ポケベル波は建物内に浸透しやすい特性を有するため、受信用の屋外アンテナが不要で、戸別受信機の導入単価は半分以下に抑えることができます。結果的に、現在は市内で280MHzと60MHzの同報無線を併用するかたちにはなっていますが、屋外拡声子局の削減や戸別受信機の導入費用などを考えると、大きなコストメリットがあったと判断しています。
―導入効果はいかがですか。
「聞き取りにくい」という声は、ほぼなくなりました。放送に際して職員は、テキスト入力するだけでよくなり、運用の負担が減りました。これらの実績を踏まえ、ゆくゆくは旧佐世保市の60MHz同報無線システムも、280MHzに統合することを計画しています。
支援企業の視点
シミュレーションで受信トラブルの回避が可能
東京テレメッセージ株式会社 代表取締役社長 清野 英俊
戸別受信機を導入する際の懸念は、全世帯でしっかり受信できるか、整備後に屋外アンテナなどの追加工事が発生しないか、という点です。この懸念を払しょくするには、受信状況を事前判定できなければなりません。280MHzは、シミュレーションで事前判定できます。その理由は窓から入る電波であり、窓の材質はどこも同じだからです。一方、窓から入りにくい電波の場合、壁の材質に左右されるため事前判断が難しい。設置してみなければ、屋外アンテナの要否がわからないのです。
埼玉県鴻巣市の取り組み
防災行政無線の刷新②
防災情報伝達の重要性を痛感し、280MHz同報無線システムへ移行
鴻巣市 危機管理課 主任 金井 文
これまで佐世保市が導入を決断した「280MHzデジタル同報無線システム」は、ほかにも多くの自治体が関心を寄せている。そのひとつである鴻巣市(埼玉県)では、かつて経験した大規模自然災害を機に、防災行政無線の移行を検討し、280MHzデジタル同報無線システムへの切り替えを決めたという。同報無線システム移行の経緯とその理由、移行後の効果などについて、同市担当者に詳しく聞いた。
[鴻巣市] ■人口:11万7,781人(令和4年8月1日現在) ■世帯数:5万1,943世帯(令和4年8月1日現在) ■予算規模:713億8,700万3,000円(令和4年度当初) ■面積:67.44km2 ■概要:埼玉県のほぼ中央に位置し、南西部には秩父山地を源流とする荒川が流れている。関東ローム層や荒川沖積層からなる肥沃な土地で、気候にも恵まれ、花卉や果樹などの栽培に適している。江戸時代には中山道の宿場町として栄え、380年余の伝統を誇る「ひな人形のまち」として、また近年では「花のまち」としても全国にその名が知られている。
東日本台風で住民から苦情。「防災無線が聞こえなかった」
―鴻巣市では、どのように防災対策を進めてきたのでしょう。
当市では、首都直下型地震と近隣の荒川による水害に備え、防災対策を進めてきました。特に東日本大震災を機に、防災品の備蓄や建物の耐震化を進めてきましたが、令和元年東日本台風の際、大きな問題が浮き彫りになりました。住民から「防災行政無線が聞こえなかった」という苦情が多く寄せられたのです。防災行政無線については、すでに平成24年度にデジタル化を終え、必要となる整備は終えた認識だったのですが、防災情報の伝達精度がいかに重要かをあらためて痛感し、防災行政無線システムの移行を検討しました。
―具体的に、どのような検討を行ったのですか。
ひとつは、屋外放送の明瞭性を高めること。当市では、屋外拡声子局から市民への注意喚起などを日常的に流していましたが、放送を担当する職員の声質や熟練度などによって、「聞こえ方にムラがある」との声が住民から届いていました。
くわえて、暴風雨で雨戸を閉め切った状態でも聞き取れるように、戸別受信機の配付を検討しました。ただし、従来の60MHz同報無線システムでは、屋外アンテナ工事なども含め、整備費用が高額になるため、頭を悩ませていました。そうしたなか、他市の事例を確認したところ「280MHzデジタル同報無線システム」の導入により、屋外放送の明瞭化と戸別受信機の配布を同時に実現し、住民から高い評価を得た事例を聞き、検討の結果、当市も導入を決めました。
高音質の合成音声は自然で、機械音だとはわからない
―整備概要を教えてください。
屋外拡声子局については、60MHz同報無線システムの設備がまだ新しかったため、147局の設備はそのまま活用し、制御盤内部のユニットのみを交換することで、整備費用を抑えて短期間で280MHzへ、システムを移行することができました。また、戸別受信機については、従来の戸別受信機の3分の1の費用で導入できたことから、当市では5,000台を購入し、有償貸与というかたちで住民への配付を進めています。
戸別受信機の配付とあわせ、令和3年9月から新システムの運用を開始していますが、高音質の合成音声は機械音だとわからないほど自然で、「聞こえない」といった苦情はなくなりました。同時に、文字情報として送信する新システムは、連携するメール配信システムとの一括送信が可能なので、運用する職員の負担が軽くなったのも、大きな導入効果と言えますね。
導入自治体の声 - 広島県広島市の取り組み
文字伝送による無線システムで、即時性の高い防災情報配信網を構築
広島市 危機管理室 災害対策課 主査 島田 隆行
全国の自治体が直面する災害の激甚化・頻発化。その深刻さをもっとも痛感している自治体のひとつが広島市(広島県)であろう。近年、度重なる被災経験を受け、現在同市が進める防災・減災対策の目玉が、防災行政無線の刷新である。計画の詳細について、同市担当者に話を聞いた。
[広島市] ■人口:118万7,097人(令和4年6月末現在) ■世帯数:57万9,111世帯(令和4年6月末現在) ■予算規模:1兆2,214億1,441万1,000円(令和4年度当初) ■面積:906.69km2
―防災情報の発信をめぐり、これまでどのような対策を進めてきましたか。
当市では、平成26年8月豪雨を受けて、電子メールやSNSといった複数の情報伝達媒体に一度の操作で情報配信できる「防災情報共有システム」を構築し、情報発信を強化してきました。一方で、マイクを使って職員が放送文を読み上げる防災行政無線は、他の情報伝達媒体との同時性や情報の即時性に欠けるという課題が浮き彫りになりました。
しかも当市では、市内にある8つの行政区が地域ごとに避難情報を発信するのですが、従来の防災行政無線は無線局を8区が共用している仕組みのため、1つの区が放送中は、他の7区は放送終了を待たなければならない事情がありました。こうした放送待ちで生じる避難情報の伝達の遅れが批判の対象になったこともあり、市では運用改善を図ってきました。
―どのような改善を図ったのでしょう。
危機管理室が8区の情報をまとめて一度に放送するようにしました。しかし、その結果、放送時間が長くなるほか、聞き手と関係のない情報が多く含まれるなどの課題も出てきました。そうしたなか、情報を音声ではなく文字情報として送る「280MHzデジタル同報無線システム」を知りました。送信情報が音声から文字情報に変わることで、システム間の連携が可能となり、電子メールやSNS、防災行政無線などがワンオペレーションで運用できる画期的なシステムを構築でき、他の情報伝達媒体との同時性や情報の即時性が確保できます。また、文字情報は電子ファイルとして瞬時に送られ、受信機側で合成音声に変換する仕組みのため、他の区の放送を待つことなく、8区が必要なタイミングでそれぞれの地域に関係する情報に絞って放送することができます。さらに、放送中に常時職員が張り付く必要もなくなり、運営側の負担も大きく減ることが期待できます。令和5年度中の運用開始を目指し、現在整備を進めています。
支援企業の視点
既存設備を活用した「居抜き方式」に注目
東京テレメッセージ株式会社 代表取締役社長 清野 英俊
戸別受信機を導入する際の懸念は、全世帯でしっかり受信できるか、整備後に屋外アンテナなどの追加工事が発生しないか、という点です。この懸念を払しょくするには、受信状況を事前判定できなければなりません。280MHzは、シミュレーションで事前判定できます。その理由は窓から入る電波であり、窓の材質はどこも同じだからです。一方、窓から入りにくい電波の場合、壁の材質に左右されるため事前判断が難しい。設置してみなければ、屋外アンテナの要否がわからないのです。 鴻巣市の事例で重要なポイントは、比較的新しい60MHzデジタル防災行政無線の屋外拡声子局について、流用できる設備をすべて利用して280MHzへ転換したという点です。受信装置ユニットのみを交換する、いわゆる「居抜き方式」により、屋外子局の280MHzへの移行費用を半分以下に抑えられます。緊防債*1が活用できるうちに屋外拡声子局を更新し、併せて戸別受信機も導入しようと考える自治体にとっては、とても参考になるケースだと思います。
茨城県常総市の取り組み
防災行政無線の刷新③
被災体験を経てたどりついた「最適」と思える防災情報伝達手段
常総市 市長公室 防災危機管理課 危機管理係 主査兼係長 生井 闘志
全国の自治体が防災対策強化の一環で、見直しを進めている情報伝達体制だが、大規模災害の経験がその重要なきっかけになるケースも多い。平成27年9月の関東・東北豪雨によって鬼怒川の堤防が決壊し、広範囲にわたる浸水被害を受けた常総市(茨城県)では、これを教訓に防災情報の伝達体制について再検討。新たな防災無線システムの導入に踏み切ったという。導入の経緯やその効果などについて、同市担当者に詳しく聞いた。
[常総市] ■人口:6万1,883人(令和4年8月1日現在) ■世帯数:2万5,603世帯(令和4年8月1日現在) ■予算規模:435億4,738万2,000円(令和4年度当初) ■面積:123.64km2 ■概要:市のほぼ中央には一級河川の鬼怒川が流れており、東部の低地部は広大な水田地帯となっている。西部は丘陵地となっており、集落や畑地、平地林が広がり、住宅団地や工業団地、ゴルフ場なども造成され、近郊整備地帯として都市機能の強化も図られている。
防災行政無線が使えなかった、大規模災害での教訓
―常総市では、平成27年9月の関東・東北豪雨によって、大規模な浸水被害を経験しています。
当市にとって、あの経験は防災対策強化の大きな転機となっており、そこでは「情報伝達手段の多様化」と「防災行政無線の活用」が重要テーマとなりました。というのも、あの水害によって非常用電源がダウンしてしまった当市では、防災行政無線が使えず、住民に情報が行き渡らない時間帯が発生したという苦い経験があったからです。当時は、まだSNSなどでの防災情報の発信は開始されておらず、住民各戸への戸別受信機の配付も行われてはいませんでした。
―戸別受信機が配付に至っていなかった理由はなんでしょう。
当時の防災対策の主眼は、60MHz防災行政無線のデジタル化であり、これを優先して行いました。戸別受信機の必要性も感じてはいましたが、設置家屋へのアンテナ工事費なども含めると1台当たりの整備費用は当市にとってはかなり高額であり、決断には至らなかった経緯があります。
しかし、情報収集を進めるなかで、隣接する坂東市(茨城県)が280MHzのデジタル同報無線を導入し、戸別受信機の住民配付を実現していた事例を知りました。
―どのように実現したのですか。
調査をすると、280MHzシステムでは屋外アンテナが不要となるため工事費用がかからないなどの理由から、既存の60MHzシステムに比べ、戸別受信機1台あたりの整備費用を4分の1に抑えられるとわかりました。導入にあたり懸念していた、60MHz屋外拡声子局との連携も現在は課題がクリアされ、実現できることもわかりました。しかも、庁舎と中継局を結ぶ回線は地上回線と衛星回線とで二重化されているとのこと。大規模水害を経験した当市としては、この耐災害性の高さには非常に安心感が強く、導入を決めました。
戸別受信機の評判は良く、追加導入を決断
―実際に、整備計画はどのように進めたのですか。
令和3年初めに本庁舎に主配信局をひとつ設置し、予備の副配信局となるモバイルPCを2台、計3局を整備しました。本来であれば、ここから発信される情報を戸別受信機につなぐ中継局も整備しなければならないところですが、中継局は坂東市の設備を共同利用できることになったため、導入費用をさらに抑えることができました。中継局の共同利用により、一方の市の配信機能がダウンした場合でも、副配信局のPCさえもっていけば、もう一方の配信機能を相互利用できるため、両市の災害対策強化にもつながります。
その後、同年7月の運用開始にあわせて戸別受信機を4,000台導入しました。全体の整備費用を低く抑えることができたからこそ、この規模での導入が可能になったと考えています。運用後、住民からは好評で、在庫が少なくなったため、600台を追加発注したほどです。
支援企業の視点
緊防債にはまだ間に合う、無線システム更新で防災機能強化を
東京テレメッセージ株式会社 代表取締役社長 清野 英俊
―防災行政無線を刷新しようと考える自治体は多いのですか。
多いです。緊防債の利用期限は令和7年度です。残り3年半ですが、この間に60MHzデジタル防災行政無線の更新時期を迎える自治体はかなりの数にのぼります。緊防債の利用機会を逸しないために急いで検討しているうちに、これまで諦めていた戸別受信機の導入が再浮上し、単なる屋外拡声子局の更新ではなく、抜本的な刷新に進む動きがでてきており、今後ますます増えてくると見ています。
―その背景はなんですか。
近隣自治体の成功事例が知られるようになってきたことがあると思います。「280MHzでは屋外アンテナ工事が不要だから導入費が安い」「屋外放送も自然で聞き取りやすい」「現場の負担は減り、住民から喜ばれ、しかも財政負担も軽減する」など、両方のシステムを知る自治体の声はやはり説得力があります。
―防災無線整備を考える自治体にメッセージをお願いします。
280MHz無線で送るのは音声ではなく文字です。肉声放送はできません。しかし、それだからこそ、受信の確実性や屋外放送の明瞭性、耐災害性、伝達の即時性・一括性、廉価性が実現できるのです。防災無線の役割が、情報伝達の確実性と即時性にあるのだとしたら音声から文字への流れは今後ますます加速するはずです。すでに実施設計に入っていても方針変更は可能です。そのような事例もでてきています。280MHz無線は設計も工期も短いため、令和6年秋に設計を始めても緊防債には間に合います。じっくり調査されることをおすすめいたします。
清野 英俊 (せいの ひでとし) プロフィール
昭和29年、福島県福島市生まれ。東北大学経済学部を卒業後、三井信託銀行株式会社(現:三井住友信託銀行株式会社)に入行。外資系ファンドを経て、平成24年より現職。
東京テレメッセージ株式会社