※下記は自治体通信 Vol.59(2024年7月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
自然災害が頻発する昨今、地域防災の要と呼ばれる消防団の重要性はますます高まっている。日々、災害対応に向けた訓練や研修を行うなか、消防局や消防団員の負担となっているのが紙による報告業務だ。これに対し、横浜市(神奈川県)では、民間企業の協力を得て、報告や連絡業務をデジタル化するアプリを開発。紙の報告書をほぼゼロにしたうえ、地域防災力の底上げにも貢献しているという。同市消防局の2人に、アプリ開発の経緯と、その効果について聞いた。
横浜市消防局
総務部 消防団課 消防団係 消防司令 (消防団担当係長)
長谷川 信一はせがわ しんいち
横浜市消防局
総務部 消防団課 消防団係 消防司令補
田中 郁也たなか いくや
アプリに不慣れな団員でも、使いやすい設計で開発
―消防団活動にアプリを導入した経緯を教えてください。
長谷川 消防団活動に参加する地域住民の団員には、年額報酬や出動報酬が支払われます。こうした報酬は、団員が個別に記入して提出する報告書で算定され、消防団内で班長、分団長、団長の順に承認してから、最終的に消防局内で集計し、決裁してきました。
アプリの導入以前は、8,000人以上の団員から紙の報告書が月に約7,000枚も発生していました。これに対し、消防団員からは「報告書作成の負担が大きい」という声があり、消防局でも集計業務の負担が問題視されてきました。そこで、消防局では、一連の報告業務をデジタル化して負担を軽減できないかと考え、市のデジタル統括本部の協力を得て、令和3年から民間企業とのアプリ開発に着手しました。その後、正式にソフトバンク社と『消防団ワークス』の共同開発を行う運びになりました。
―開発の際にこだわった点はどこにありますか。
田中 シンプルかつ使いやすいことですね。消防団員のなかには、アプリに不慣れな高齢の方々も多く、当初から複雑な操作は難しいという懸念があったためです。実際、試験導入の際には、デジタル化に抵抗感のある一部の団員からの反発がありました。そこで、手間の少ない入力方法で報告業務を完結できるような設計にこだわった結果、アプリを使用した団員からは、「使いやすい」という声が聞かれました。こうした実証実験を経て、令和5年4月より本格導入に至っています。
連絡速度が格段に向上し、出動までの時間を短縮
―アプリの本格導入後、どのような効果がありましたか。
長谷川 まず、月7,000枚もあった紙の報告書がほぼゼロになった結果、災害対応の訓練や研修といった本来の活動に集中できるようになったことです。また、『消防団ワークス』には「お知らせ機能」などの連絡業務を円滑化する機能が搭載されており、災害時の消防局からの情報がダイレクトに団員に届くようになりました。これにより、消防団員が出動するまでの時間を短縮することに成功しました。
平時からの訓練で消防団員の災害対応力を底上げできるうえに、情報伝達速度の向上により機動力も高まったことで、総合的な地域防災力が高まりつつあると実感しています。
―今後、どのようにアプリを活用していきますか。
田中 開発当初の目的は報告業務の効率化でしたが、携帯性の高いスマホアプリという利点を活かして情報共有ツールとしても活用しています。平時からアプリを使いこみ、今後は大規模災害時などでの有効な活用法も模索していきたいと考えています。
[横浜市] ■人口:377万2,726人(令和6年6月1日現在) ■世帯数:181万4,803世帯(令和6年6月1日現在) ■予算規模:3兆8,345億円(平成6年度当初)
■面積:438.23km² ■概要:神奈川県の東部に位置し、県全体の面積の約18%を占める政令指定都市。北西部は多摩丘陵、南部は三浦丘陵に連なる丘陵部があり、海岸部は埋立地が造成される。明治期の横浜開港に伴って外国人が多く居住し、ビールやパンなど、日本発祥の名物が多いことでも知られる。
横浜市
デジタル統括本部 企画調整部 デジタル・デザイン室 担当係長
長澤 美波ながさわ みなみ
―消防局がアプリ導入に至るまで、どのような支援をしましたか。
おもに、現状の業務の見直しから支援しました。消防団員が実際に報告業務をどのように行っているかを調査し、必要な機能を洗い出すためです。洗い出しは実証実験中にも行われ、当初はなかった「上長からの差し戻し機能」などを追加しました。こうした地道な修正を繰り返すことが、報告業務の電子化を100%に近づけることにつながったのだと思います。
―なぜ現場での課題の洗い出しを重視したのでしょうか。
当市では、「デジタル×デザイン」を掲げており、利用者目線で考える、サービスのあり方から見直すといったプロセスが重要だと考えているためです。現場でのユーザーとの対話は、DX推進の大きな障壁となるデジタルデバイドを取り除くことにもつながります。デジタルに苦手意識がある人でも使いやすいよう「必要な機能だけを簡単に」を意識してアプリを設計したうえで、講習会などでサポートすることで、苦手意識を少しずつ軽減していきました。今回の事例で、DX推進には、アナログな対話が重要なのだと再認識できました。
―今後の方針を聞かせてください。
地域では、自治会や町内会、民生委員などさまざまな担い手による地域活動が行われています。今回の消防団事例を単発で終わらせるのではなく、そういったほかの担い手の活動にも横展開する狙いがあります。消防団と同じように、対面とデジタルをうまくミックスして、地域活動の負担を軽減していきたいです。
消防団活動の業務支援②
地域防災力を高めるカギは、アプリによる正確・迅速な情報伝達
ここまでは、報告業務の負担を軽減し、消防団員への連絡速度を向上するアプリを開発して、消防団の防災力を高める取り組みを紹介した。ここでは、その開発から導入までを伴走支援したソフトバンク社を取材。アプリによる業務効率化で、地域防災力を高める際のポイントを、同社の香山氏と岩崎氏に聞いた。
ソフトバンク株式会社
法人統括 公共事業推進本部 第一事業統括部 事業開発部 事業開発二課 担当課長
香山 晃久かやま てるひさ
昭和44年、兵庫県生まれ。平成4年に日本テレコム株式会社(現:ソフトバンク株式会社)に入社。平成29年より公共部門のDX推進担当となり現職。おもに防災分野のソリューション企画を担う。
ソフトバンク株式会社
法人統括 法人プロダクト&事業戦略本部 法人ビジネス推進第2統括部 IoT・新事業推進部 事業企画推進課
岩崎 圭いわさき けい
昭和52年、東京都生まれ。富士ソフトABC株式会社を経て、平成17年、BBモバイル株式会社(現:ソフトバンク株式会社)に入社。おもに法人向けソリューションの企画、開発、推進を担う。
全国での活用を想定した、さまざまな使い勝手の工夫
―消防団の報告・連絡業務効率化を求める声は多いですか。
香山 はい。当社の『消防団ワークス』には横浜市を皮切りに、すでに多くの自治体から問い合わせが寄せられています。このアプリは、もともと横浜市と共同で開発しましたが、開発当初から全国の消防団でも活用できるような工夫を心がけてきました。
―どのような点を工夫したのでしょうか。
岩崎 まずは情報入力のシンプルさと使い勝手の良さを重視しました。団員に使いにくいと判断されて活用されなくなると、紙の業務に再び戻る恐れもあるからです。
そこで、同市との実証実験中に団員にアンケートを取って、フィードバックをもらい、その都度修正して、再度フィードバックをもらうというPDCAサイクルを徹底して修正を続けました。文字の大きさや色といった使い勝手から、ほかに搭載してほしい機能など、現場レベルの要望をできる限り吸い上げたのです。
たとえば、消火活動に必要な水を確保する水利情報を閲覧できる機能は、現場からの要望によって追加され、現在は標準機能として活用されています。
情報の速度向上と平準化で、地域防災力を高める
―機能追加を経たアプリでは、どのような価値を提供できますか。
香山 情報の速度や精度の向上です。たとえば「お知らせ機能」を使うことで団長や分団長を介することなく、消防局からの指令を個々の団員に直接送信できるので情報の伝達速度が向上します。
ほかにも、水利情報の機能は、従来用いられていた団員個人が位置を書き込んだ手書きの水利地図に比べ、情報が正確になり、水利位置の変更なども簡単に更新できます。
こうした機能により、消防活動の正確性とスピード感を高めることができます。その結果、業務効率化だけでなく、地域防災力の向上にもつなげられます。
―自治体に対する今後の支援方針を教えてください。
岩崎 当社では、アプリの提供だけでなく、本格導入に向けた準備段階からの伴走支援も行っています。課題の洗い出しやデジタルデバイドの解消、実証実験のサポートなど、これまでの自治体との取り組みで培ったノウハウを活かし、現場へのスムーズな導入を推進します。
また、『消防団ワークス』は、自治体の要望に沿ってつねに機能向上と拡張を続けています。6月には集計した報告データをもとに、報酬計算まで一気通貫で完結できる新たなシステム連携も実現しました。これによって、報告書のデータをExcel上で計算する手間が省略され、業務効率をさらに向上できると考えています。
香山 このように、自治体のニーズを叶える機能をさらに充実させることで、『消防団ワークス』は地域防災のプラットフォーム化を目指しています。
消防団活動の業務負担軽減や、地域防災力の向上を考えている自治体のみなさんは、ぜひ当社にご連絡ください。