※下記は自治体通信 Vol.61(2024年10月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
自治体は職員数が減少傾向にあるなかでも、安定した住民サービスを提供していくことが求められている。そのため、いかに業務を自動化・効率化していくかが重要であり、そこで注目されているのが生成AIの活用だ。藤沢市(神奈川県)では、生成AIのPoC*を建設関連の4部局で実施し、なかでも特に2つの課において有用性が認められたという。同市で生成AI活用を推進しているデジタル推進室の大町氏と香取氏に、取り組みの詳細を聞いた。
*PoC : 新たなアイデアやコンセプトの実現可能性、得られる効果などを検証すること
[藤沢市] ■人口:44万3,882人(令和6年9月1日現在) ■世帯数:20万3,819世帯(令和6年9月1日現在) ■予算規模:3,010億9,575万円(令和6年度当初)
■面積:69.56km² ■概要:神奈川県の中央南部に位置し、横浜市、鎌倉市、茅ヶ崎市、大和市、綾瀬市、海老名市、寒川町に囲まれ、南は相模湾に面している。東京からの距離は50km圏という位置にあり、JR東海道本線、小田急江ノ島線、江ノ島電鉄、湘南モノレール、相鉄いずみ野線、横浜市営地下鉄などの交通の便に恵まれている。古くは門前町、宿場町として知られ、現在は首都圏近郊の観光・保養・住宅地として、また工業・商業都市として発展している。
「2040年問題」に備え、生成AIの活用を重要視
―藤沢市が生成AIのPoCを行った背景を教えてください。
大町:当市は、深刻な働き手不足に陥るとされている「2040年問題」などに備え、令和3年4月にデジタル推進室を新設し、DXによる業務効率化に取り組んできました。なかでも生成AIの活用は、重要な取り組み項目と位置づけています。以前の生成AIは、ハルシネーション*などの問題で、業務への活用が疑問視されていました。しかし、最近は「RAG(ラグ)*」を組み入れた生成AIが注目を集めています。これを使って、たとえば法令や条例、例規、住民対応や議会答弁のログ、各部局マニュアルなどを覚え込ませれば、ハルシネーションの低減につながるほか、より自治体業務に沿った専門性の高い回答が望めます。そうしたなか、当市はNTT東日本とDX人材の育成分野で連携協定を締結しました。同社は全国の自治体における業務課題をデジタルで解決してきた実績があり、DX人材によるフォロー体制も充実していることが、締結の決め手になりました。その流れで、同社から「RAG」を組み入れた生成AIを使ったPoCの提案を受け、一緒に取り組むことにしたのです。
―PoCの取り組みの概要を教えてください。
大町:まずはNTT東日本のDX人材に研修を開催してもらい、生成AIや「RAG」の基本情報を職員にレクチャーしてもらいました。その後、ワークショップにて、実際にどの課のどの業務に使えそうかの洗い出しをDX人材と一緒に行いました。その結果、建設関連の4部局、なかでも道路管理課と建築指導課の業務に注力してPoCを実施することにしました。
―なぜ、その2課の業務に注力して実施しようと考えたのですか。
大町:道路管理課は、住民や事業者からの問い合わせ数が多く、対応するには専門知識が必要です。加えて、5つの担当部門に分かれており、どの部門で対応するのかわかりにくいなどの課題がありました。建築指導課は技術職員の採用難が続いており、建築基準法や関連法令の習得には時間がかかるうえに資料が探しにくいなどの課題があったのです。そのため、前者は新人を対象に電話内容を要約して担当部門を回答する作業を、後者は建築基準法などを学習させ、職員が必要とする回答を生成AIが担えないかと考えたのです。
*ハルシネーション : AIがユーザーの質問に対して、事実とは異なる情報を利用して回答を生成すること
*RAG : AIがテキストを生成する際、独自の情報を組み合わせることで、回答精度を向上させる技術のこと
多くの職員が興味をもったのも大きな成果
―PoCの結果、どのような成果がありましたか。
香取:あくまで担当職員の所感ですが、生成AIによる回答の正答率は、道路管理課および建築指導課ともに一定の精度が認められ、ある程度の知識がある職員のサポートであれば十分に業務活用できるという有用性を確認できました。また、「今後生成AIを活用していかないともったいない」など、多くの職員に興味をもってもらえたことも大きな成果でした。
大町:NTT東日本には、2課のPoCでもプロンプト*の作成などのハンズオン研修や事例の成果を庁内で共有するための動画作成など、DX人材による伴走型の支援をしてもらえました。生成AIの知識がない職員が業務を行いつつ、PoCを行うには負担が大きく、成果を出して庁内で共有するまでにはいたらなかったでしょう。
―今後の方針を教えてください。
大町:今回はあくまでPoCの実施でしたが、生成AIを業務で活用するための良いユースケースができたと考えています。今後も同社のDX人材の支援を受けつつ、生成AIの本格導入に向けた検討をしていきたいですね。
*プロンプト : ユーザーが生成AIに入力する指示や質問のこと
生成AIの導入②
一気通貫で支援する体制があれば、生成AIの庁内活用は進む
ここまでは、DX人材の支援によるPoCを実施することで生成AIの有用性を確認した藤沢市の事例を紹介した。このページでは、同市の取り組みを支援したNTT東日本を取材。同社担当者の岡部氏と浦壁氏に、生成AIを導入するうえでのポイントなどを聞いた。
東日本電信電話株式会社
ビジネス開発本部 クラウド&ネットワークビジネス部 クラウドサービス担当
岡部 佑太おかべ ゆうた
平成4年、神奈川県生まれ。平成28年に東日本電信電話株式会社(NTT東日本)に入社後、SEとして公共分野におけるシステム構築運用業務を担当。令和3年から現職にて、生成AIサービスの開発業務を担当。
東日本電信電話株式会社
サービスクリエイション部 DXコーディネイトセンタ サービスプロデュース部門 AIビジネス担当
浦壁 沙綾うらかべ さあや
平成5年、東京都生まれ。平成29年に東日本電信電話株式会社(NTT東日本)に入社後、デジタル事業の創出業務を担当。令和6年から現職にて、生成AIの利用促進業務を担当。
「RAG」の登場で、業務に沿った回答が可能に
―生成AIの導入を検討する自治体は増えているのですか。
岡部:増えています。実際、「生成AIを導入したい」と、自治体から当社に問い合わせが来るケースが増加していることから、それを実感します。ChatGPTが話題になった当初は、回答精度の低さなどが問題視されることもありました。しかし最近は、「RAG」の登場で、インターネットの情報に加えて、各自治体の業務に沿った、よりユーザーの求める回答が生成できるようになり、今まで以上に業務への活用が期待されています。
―生成AIを導入する際のポイントはなんでしょう。
浦壁:生成AIを導入して終わりではなく、活用を支援する専門家のサポートが導入効果を高めるうえでとても重要になります。たとえば「どの業務に生成AIを使っていいのかわからない」といった自治体は多いでしょう。より精度の高い回答を得るには、一定のプロンプトテクニックが求められます。また、実際に運用するには新たにガイドラインを作成しなければなりません。そうした導入におけるさまざまな課題を職員だけで解決することは難しく、それらの課題が解決しなければ、生成AIを導入しても庁内での活用は広まらないでしょう。そこで当社では、生成AIの導入を一気通貫で支援する体制を整えています。
導入事例を増やすことで、支援のノウハウを蓄積したい
―どのような支援体制を整えているのですか。
岡部:当社では、おおよそ4つのステップに分けて導入支援を行っています。まずは、基礎知識の向上と導入前準備の支援。ここでは生成AIの基礎研修を実施したり、ガイドライン策定の支援をしたりします。次に、実際に生成AIを活用するためのスキル習得の支援。プロンプトを作成するためのハンズオン研修や、「RAG」の基礎研修を行います。続いて、業務プロセス改善と活用促進支援。ここでは、どの課で生成AIのユースケースを創出すればいいかなどのワークショップ研修を行った後、実際に実装するための技術的な伴走支援を行います。最後に、組織内への拡大と活用定着支援。事例共有会の開催や動画の作成・配信を通じて、庁内へのさらなる浸透を図ります。こうした一連の取り組みを、地域に根づいた当社のDX人材が全国各地で提供することで、自治体において生成AIの活用が定着するまで支援するのです。
―自治体に対する、今後の支援方針を教えてください。
浦壁:今後は、自治体の導入事例を増やしていくことで、支援のノウハウを社内で蓄積していきたいですね。たとえば、そうしたユースケースをシステムに組み込んで汎用的に活用できるテンプレートを作成することも考えています。
岡部:ソリューションの導入支援はもちろんですが、「生成AIは実際に業務で活かせるのか」といった、そもそもの疑問をもつ職員の方々も多くいます。そうした疑問を解消するようなワークショップも開催しますので、まずは気軽に相談してほしいですね。