※下記は自治体通信 Vol.51(2023年7月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
「神話の国」として、確固たる観光ブランドを築き上げている出雲市(島根県)。コロナ禍の収束が見え始めたいま、再び賑わいを取り戻している。そうしたなか、同市が令和4年9月に策定した新たな総合振興計画「出雲新話2030」では、「『出雲力』をフル活用したまちづくり」を掲げている。そこで示されている「出雲力」とはなにか。また、観光で発展してきた同市は今後、さらなる発展に向けてどのような筋道を描いているのか。市長の飯塚氏に、詳細を聞いた。
飯塚 俊之いいつか としゆき
昭和40年、島根県出雲市生まれ。明治大学経営学部卒業。平成21年、出雲市議会議員に初当選。以後、出雲市議会議員を3期務める。令和3年4月、出雲市長に初当選。現在、1期目。
庁内組織も再編し、観光施策を次々に打ち出す
―コロナ禍が収束に向かいつつあるなか、観光需要が回復していると聞きます。
新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが、今年の5月8日から季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に移行しました。ゴールデンウィーク後の移行でしたが、それでも今年のゴールデンウィーク期間中、出雲大社周辺に約40万人の観光客が訪れたことで、確実に観光需要が回復しているという手応えを感じました。私が市長に就任したのは令和3年4月で、まさに「コロナ禍真っ只中」の時期でした。そのため、当市最大の強みである観光産業を活かしたまちづくり政策などなかなか打ち出せずにいましたが、ようやくさまざまな観光戦略にチャレンジできる時期になったと考えています。
―どのような観光戦略を考えていますか。
2025年の大阪・関西万博を見すえ、特にこの3年間は、交流人口と関係人口の増加といった新たな観光戦略にチャレンジする期間と位置づけています。それにあわせ、これまで「経済観光部」だった庁内組織を再編し、この4月からは観光部門を独立させて「観光交流部」を新設しました。当市の魅力をSNSを通じて発信する「izumo365(仮称)」を開設するほか、「第二のふるさと出雲」などをコンセプトとした観光施策を次々に打ち出していきます。すそ野が広い観光産業の強化を、市全体の活性化につなげていく方針です。
「観光ブランド」だけではない、出雲の魅力
―出雲市の「強み」を活かしたまちづくりと言えますね。
ええ。出雲大社をはじめとした出雲の歴史や文化は、国内外の人々を引き寄せる当市の観光ブランドを形づくっています。この「ブランド力」を活かしたまちづくりは、今後ももちろん継続していきますが、私は、当市の「強み」はそれだけではないと考えています。実は当市は、令和2年の国勢調査において山陰両県の12市で唯一、前回調査よりも人口が増えました。この人口増加は、観光ブランド力だけでもたらされたものではありません。当市にはブランド力以外にさまざまな力があると考えており、そうした力を私たちは「出雲力」と呼んでいます。令和4年9月に策定した新総合振興計画「出雲新話2030」でも、この「出雲力」をフルに活用したまちづくりの推進を掲げています。
―飯塚さんが考える「出雲力」とはなんでしょう。
「ブランド力」以外に、「産業力」「歴史・文化・自然の魅力」「人の力」の3つを合わせた総合力ととらえています。
「産業力」では、県内1位*¹の工業製品出荷額を誇る製造業があり、農業産出額も県内1位*²です。近年は高度医療機関の集積で医療福祉分野の新産業も発展し、「安心して住めるまち」の魅力がさらに高まっています。また、「歴史・文化・自然の魅力」では、美しい自然や悠久の歴史、貴重な文化遺産以外に、たとえば吹奏楽や合唱の分野で全国的に高い評価を得るなど、音楽という新たな文化領域でもまちの知名度は上がっています。そのほか、当市には「人と人のつながり」を「ご縁」として大切にする文化・習慣が強く残っており、そのようなつながりから、まちの活性化に資する新たな力は生まれると信じています。「人の力」なくして、市の発展はありません。
私は、こうした「出雲力」は、神話の時代から大切にされてきたものを脈々と受け継いできた賜物だと考えており、出雲にはそうした力があることを、一人でも多くの人々に知ってほしいと思っています。そこで私は、市内のすべての中学校に出向き、課外授業で「ふるさと教育」を行っています。
*¹ 出所 : 経済産業省「工業統計調査(現:経済構造実態調査)」
*² 出所 : 農林水産省「農林業センサス」
「進取の精神」がもたらす、新たな価値創造
―どのような内容を教えているのですか。
授業の最後に、「出雲神話」から必ず「3つのメッセージ」を伝えるようにしています。1つは「出雲は発祥の地」だということ。そして、「出雲は話し合いで物事を解決してきた」こと。もう1つは「出雲は多様性を認め合ってきた」ことです。たとえば出雲は、「箸」「日本酒」のほか、日本に伝わるさまざまな文化の発祥の地だとされていますが、先駆けとなれたのは、発想力と技術力があり、なにより「進取の精神」があったからにほかならないと思っています。出雲大社本殿は、かつて地上約48mの場所に建築されていたと言われていますが、その高度な建築技術を習得できた背景には必ず、進取の精神があったはずです。そうした精神が私たちに脈々と受け継がれ、たとえば、新たな価値を生み出す「産業力」の形成につながっている。実際に当市でも、新たな形の公民連携の推進を目的に、「ソーシャル・インパクト・ボンド*」という全国でも珍しい取り組みの研究を進めています。まさに、進取の精神で挑んでいます。
―受け継いでいることが、いかに大切かを教えているのですね。
そのように意識しています。話し合いによって国を1つにまとめたという出雲の伝説、多様な考え方を認めて取り入れるという出雲の精神は、出雲の土地だけでなく、私たち一人ひとりにも受け継がれていることを、市民のみなさんには心の片隅にでも置いてほしいのです。そうした誇りが出雲の「人の力」を引き上げることにつながり、「歴史・文化・自然の魅力」を新たにつくり出す原動力にもなる。その結果、出雲の「ブランド力」はさらに高まるはずです。私は、市民のみなさんとともに、「出雲力」をどんどん高めていきたいと考えています。
*ソーシャル・インパクト・ボンド : 行政が民間資金を活用して行う成果連動型の事業のこと
出雲市の未来を照らす道標を、市民とともにつくり上げる
―「出雲力」を活かしたまちづくりについて、今後どのように進めていきますか。
新総合振興計画である「出雲新話2030」では、「誰もが笑顔になれるまち」の実現に向けて、「ともに創る」「ともに守る」など6つの基本方針を掲げ、そのすべてに「ともに」という言葉を入れています。「出雲新話2030」は、出雲市の未来を照らす道標であり、一人ひとりの市民とともにつくり上げていくものです。「出雲力」をフル活用し、この計画に掲げた施策をスピード感のある形で着実に実践すれば、必ずやこれからの時代をリードする元気な地方都市になれると確信しています。