※下記は自治体通信 Vol.53(2023年10月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
地域の認知度やブランド力の向上を図るシティプロモーションは、いまや地方創生の実現に向けた重要施策の1つである。そのシティプロモーションについて、独自の「ブランドメッセージ」のもと精力的な取り組みを推進しているのが富士市(静岡県)だ。そこでは、シティプロモーションを「自分ゴト」として捉える市民との協働によるまちづくりが進められ、多くの自治体から注目を集めている。同市長の小長井氏に、シティプロモーションに対する考え方などについて、話を聞いた。
小長井 義正こながい よしまさ
昭和30年、静岡県富士市生まれ。昭和54年に一橋大学商学部を卒業後、民間企業での勤務を経て、平成9年、富士市議会議員に初当選。以後、富士市議会議員を5期務める。平成26年1月、富士市長に初当選。現在、3期目。
シティプロモーションは「市民向き」も意識すべき
―富士市は、シティプロモーションに対する取り組みが注目されていますね。
私が市長に就任したのは平成26年1月ですが、直後の4月には「富士山・シティプロモーション推進室」を観光課に新設しました。私は、市議会議員時代を含め、長年にわたり地元富士市のまちづくりに携わってきたなかで、特にリーマン・ショック以降、まち全体に漂う閉塞感を感じてきました。その間、当市の基幹産業である製紙工場の閉鎖も重なり、市民も元気をなくしていました。市長就任時に掲げた「まちに元気を、人に安心を」というキャッチフレーズは、こうした閉塞感を打破したいという想いからきたものです。そのためにも、地域経済の活性化を目的に、まちの魅力を発信するシティプロモーションを強化してきたわけですが、私は、シティプロモーションを推進するうえで、1つ大切な考え方があることに気づきました。
―どのようなことでしょう。
私が観光課に富士山・シティプロモーション推進室を置いた当初は、まさに「外向き」の情報発信を通じて多くの方々を富士市へ呼び込み、まちの活性化につなげたいという考えでした。一般的に、シティプロモーションは「外向き」を意識するものですが、取り組みを進める中で、「市民」こそ意識すべきだと感じたのです。というのも、シティプロモーションのそもそもの動機は、閉塞感の中にある市民に、自信を取り戻してほしいと思ったことであり、市外向けに考えていた「まちの魅力や特徴」は、市民にこそ発見してもらうべきと気づいたのです。それを機に、まちへの関心度や愛着度、さらには誇りも高まるはずです。そうした、市民を意識したシティプロモーションで、市に誇りを持てる市民が増えれば、まちの魅力をもっと外部に発信してくれる市民も増え、ゆくゆくは外向きのシティプロモーションにもつながると考えたのです。
あまりにも身近すぎて、富士山の価値に気づかない
―日本一の富士山を抱える富士市です。すでに誇りを持っている市民は多いのではありませんか。
そう思われがちですが、あまりにも身近すぎて、逆にその価値に気づかない市民も多いのだと思います。もっと富士山の魅力を活かしたまちづくりを進める余地はありますし、さらには、富士山以外の魅力が富士市にはたくさんあることを市民に気づいてもらい、それを誇りに感じてほしいと考えました。まさに「市民向き」のシティプロモーションであり、その象徴の1つが、平成29年の「市制50周年」を機に市民の手で策定した「ブランドメッセージ」でした。
―どういうことでしょう。
富士市の魅力や特徴をまち全体に浸透させたいと考え、シティプロモーションの核となるブランドメッセージを、市民一体となってつくり上げることにしたのです。策定にあたっては、3,000人以上の市民が参加したワークショップを通じ、さまざまな候補案を出していただきました。選考では、将来のまちづくりを担う中学生の意見も参考にしました。そのなかで、私にはない感性に感心する場面もありましたね。最終的に、正式なブランドメッセージとして採用したのが、「いただきへの、はじまり 富士市」です。「いただき」は「富士山」、「はじまり」は「駿河湾」を表します。富士山を市域に持つ自治体はほかにもありますが、海抜0mから山頂を臨む市域を持つのは当市のみであり、そのオンリーワンの魅力を見事に表現できたと感じています。
このブランドメッセージを市民の手で策定した取り組みを通じて、いまシティプロモーションに自ら携わってくれる市民が増えているという実感を得ています。
「自分ゴト」の意識が高まり、積極的にまちづくりへ参画
―なぜ、そのような市民が増えているのでしょうか。
ブランドメッセージを、「自分たちがつくり上げた」という意識が強く働いたからだと思います。それが、自分たちのまちを見つめ直す機会となり、新たな魅力の発見にもつながっているのでしょう。そういう意識のもと、市民がシティプロモーションに対して「自分ゴト」として捉えるようになってくれました。
たとえば、ブランドメッセージの策定後、海抜0mからの登山を楽しんでもらう「富士山登山ルート3776」というプロモーション活動を始めました。そこでは、ルート途中の商店街関係者や地域住民が、沿道で参加者を応援してくれたり、休憩場所を提供してくれたりして、富士山を活かしたシティプロモーションを積極的に盛り上げてくれています。ほかにも、独自のWebサイトによりまちの魅力を発信する子育て世代の女性組織「ふじ応援部」に代表されるように、「強力なまちの応援団」になって、精力的に対外的な情報発信に取り組んでくれる市民が増えています。
こうした、「自分ゴト」の意識が市民の間で高まっていることは、実際のまちづくり活動においてもいい影響が出ています。
―どういった影響でしょう。
たとえば、地域活動の拠点として市内に26ヵ所ある「まちづくりセンター」の管理運営を、市の直営から市民主体のまちづくり協議会に委託する準備を進めており、昨年4月に2ヵ所で先行してスタートできました。それが実現したのは、地域の課題を「自分ゴト」として捉え、自分たちの手で主体的に解決していこうという市民が増えている賜物だと思います。地域ごとに魅力あるまちづくりが主体的に進むことにより、富士市全体の魅力を引き上げ、長年の閉塞感の打破にもつながるはずだと考えています。
明るい未来に向かって、青春を謳歌できるまちに
―今後のまちづくりをどのように進めていきますか。
私は、魅力のあるまちとは、「主役である市民がイキイキと活躍できるまち」だと思っています。アメリカの詩人サミュエル・ウルマンの言葉に、「青春とは、人生のある期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ」といったものがあります。私の好きな言葉なのですが、この言葉の通りに、私は富士市を、老若男女を問わずすべての市民がイキイキと活躍して、明るい未来に向かって青春を謳歌できるまち、いわば「生涯青春都市」にしたいと考えています。