―個別最適化学習に取り組んだ経緯を聞かせてください。
垣見:児童の学力向上に向けた取り組みをさらに充実させるため、一人ひとりに合った丁寧な指導の実現をめざしていました。そのためには、児童個々の学習傾向を客観的にとらえ、分析できるよう学力にかんする十分なデータをえることが必要だったのです。
そこで、知識を系統的に積み重ねていく学習である算数において、個別のつまずきや学習内容の特性を読み取れる詳細なデータをえることで、個別最適化学習の実現をめざす『学びなら』という事業を平成28年から始めたのです。
―どのような取り組みですか。
垣見:まず、児童が受けたテストの答案を教員が採点し、学習用クラウドに送ります。その答案を、現代テスト理論(※)にもとづいてAIを活用して分析し、児童一人ひとりの習熟度や苦手分野に応じた復習教材をクラウド上で作成。教員はこれらの分析結果や復習教材を児童の指導に活用するのです。現在は、算数を対象教科に、このサイクルを単元テストと学期末テストで実施。市立小学校全43校の4~5年生とモデル校6校の6年生で導入しており、このうち柳生小学校については、山間地域のモデル校のひとつとして4~6年生を対象に実施しています。
※現代テスト理論: テストの得点を科学的対象としてあつかう学問分野のひとつ。小問ごとの正誤情報を統計的に処理することで、問題の難易度を客観的に設定し、個人の能力特性を可視化できる
―柳生小学校では『学びなら』で提供される復習教材をどのように活用しているのでしょう。
坂上:教材を家庭にもち帰り、宿題として取り組んでもらっています。最近では、放課後の時間を使い、民間の教育機関と連携して復習を行う実証研究にも参画しています。山間地域にある当校は、児童が通える塾が近くに少ないため、民間教育機関の講師にオンラインで遠隔指導をしてもらうのです。この実証研究は、経済産業省の実証事業「未来の教室」のひとつとして採択されています。
この実証研究ではまず、学校側が単元テストの結果など児童の学習にかんする情報や復習教材をクラウド上にあげ、民間教育機関と共有します。民間教育機関の講師はこれらをもとに、パソコンの画面を通じて児童を1対1で指導。その後、指導した内容や児童の理解度、つまずきやすいポイントなどを、学校へのフィードバックとしてクラウドで共有するのです。
官民一体で児童を育てていく
―実証研究ではどのような点に意義を感じていますか。
坂上:民間教育機関の協力がくわわることで、学校や各家庭での学習が補完される点です。官民が児童一人ひとりの学習状況や指導内容を共有することで、個人に対してよりきめ細かな指導を実現できるようになりました。これまで取り組んできた個別最適化学習が一層充実するようになったと実感しています。
―個別最適化学習の実現に向けて今後の展望を聞かせてください。
坂上:教わったことを暗記するだけでなく、みずから考える力を身につけられる教育を実現したいと考えています。児童の思考力を高めるには、指導する教員や学校が、個々の学習状況や理解度をきちんと把握することがまず大切です。
その仕組みづくりとして、AIやクラウドなどの先端技術も、必要に応じて積極的に取り込んでいきたいです。
垣見:民間教育機関との連携では、復習教材だけでなく、AIの活用による分析結果も共有し、民間のノウハウや活力も取り入れながら、より効果的な個別最適化学習を実現させたいですね。
児童の実力に合った復習教材で学習のモチベーションを高められた
学校と民間教育機関が連携して個別最適化学習に取り組む奈良市の事例を紹介した。ここでは、奈良市と同様にクラウドやAIなどを活用して個別最適化学習を実施している新宿区(東京都)の小学校を取材。取り組みの効果や狙いを校長の竹村氏に聞いた。
―個別最適化学習に対する考え方を聞かせてください。
全員が同じ教材を一律に学ぶのではなく、個々の能力に合った内容を学んで思考力を高めるために、個別最適化学習は重要な取り組みだととらえています。当校では平成30年6月から、民間企業が提供している学習クラウドシステムを導入し、個別最適化学習を始めました。
―個別最適化学習の実施にどのような反応がありましたか。
AIを活用した分析を反映して提供される復習教材は苦手分野を克服する内容が多く、児童たちは最初、「難しくて解けない」といっていました。しかし、「解けなかった問題を解けた」という達成感が次第にモチベーションの向上につながり、前向きに取り組む児童が増えてきました。個別最適化学習で「考える力を高める」という期待どおりの効果を実感しています。
最近では、復習教材の活用を広げるため、民間教育機関の講師が遠隔で個別指導する実証研究にも参画しています。校外での補習効果により、児童からは「理解がより深まった」との声があがっています。
―今後の教育方針を聞かせてください。
復習教材のためだけでなく、児童の習熟度を詳細に分析したデータを広く活用していきたいですね。児童の苦手な部分について、教員はこれまでも日々の授業を通じて漠然とは把握していましたが、AIの活用による分析で明確に数値化されたデータをえられるようになりました。こうしたデータをいかに指導に反映するか、試行錯誤を重ねていきます。
―経済産業省が考える将来の教育のあり方を聞かせてください。
第4次産業革命による、人とAIが共存する社会に向け、今後は課題をみずから設定し、解決する能力を育む教育が求められます。そのためには、学校や塾における教育のあり方を大きく変えていく必要があります。
―具体的にどのように変えていくのでしょう。
学習効率を高めて教科学習に費やす時間を縮め、学びの効果を上げられれば、プロジェクト型の探究に取り組む時間を拡充できるはずです。学習効率を高めるには、ITと教育を融合した「エドテック」など、新しい手法が求められるでしょう。こうした新たな手法の可能性を探るため、経産省では「未来の教室」という実証事業を展開しています。この事業では、学校と民間教育機関が連携し、遠隔で個別指導を行うという民間企業の実証研究を採択しています。
―採択にあたり、どのような点を評価していますか。
AIの活用による習熟度の分析にくわえ、公民の垣根を越えて指導を行うという点で、先進的な取り組みだと評価しています。子どもが塾に通いにくい地域でも個別最適化された教育を公平に提供できるよう、取り組みを広めてもらいたいです。
同社の事業を含め、エドテックの力を教育現場で発揮させるには、学校における1人1台のパソコン環境の早期確立や個人情報を取り扱うルールの見直しなど、課題が多くあります。今後は各省庁とも連携し、新しい学習プログラムを実現できる環境を整備していきたいですね。