※下記は自治体通信 Vol.52(2023年9月号)から抜粋し、記事は取材時のものです。
受動喫煙防止などを目的に各地で喫煙所の閉鎖が進むなか、既存の喫煙所がたばこを吸う人であふれてしまう問題が、多くの自治体で起きている。しかし、その対策としての喫煙所の新設・改修には住民の理解を得るのが難しく、職員が頭を悩ませているケースも少なくない。そうしたなか、新宿区(東京都)では、住民理解を得るための方策として、既存の喫煙所に防災機能を備える刷新を行った。取り組みを主導した同区の3人に、その詳細を聞いた。
[新宿区] ■人口:34万8,610人(令和5年8月1日現在) ■世帯数:22万6,467世帯(令和5年8月1日現在) ■予算規模:2,446億円(令和5年度当初)
■面積:18.22km² ■概要:東京23区のほぼ中央に位置する。江戸時代、甲州街道において、起点である日本橋と最初の宿場である高井戸の中間地へ新たに宿場が置かれたことが、地名の起こりとなった。現在の新宿区は、昭和22年に四谷・牛込・淀橋の3区が統合して発足したが、「新宿御苑」や「新宿駅」が全国的にも有名であり普遍的であるとして、名称には「新宿区」が採用された。
苦情が寄せられるなか、喫煙所の拡張を躊躇していた
―新宿区が喫煙所の刷新を行った経緯を教えてください。
小菅 改正健康増進法の全面施行により屋内が原則禁煙となった令和2年4月から、公園内の喫煙所を利用する人が増え始めました。特に、超高層オフィスビルに囲まれた新宿中央公園は、昼の休憩時間などに喫煙所とその周辺がたばこを吸う人であふれ、ほかの公園利用者から苦情が寄せられることが増えていました。この、許容人数の大幅超過を解消するには喫煙所そのものの拡張が必要とも考えましたが、喫煙所が閉鎖される傾向にある今の時世、新たに施設を整備し直すことに我々は躊躇していました。そのため、対策は拡張フェンスの設置といった応急処置にとどまり、喫煙所の利用状況に根本的な改善はみられませんでした。
中野 そうしたなかで当区は問題の解決策として、「喫煙所に防災機能を備える」という提案を日本たばこ産業(以下、JT)から受けました。災害時に誰にとっても役立つ施設に喫煙所を刷新するというもので、この方法ならば人々の理解を得ながら喫煙所の拡張を図れると考えました。もともと、巨大なオフィス街と繁華街を抱える当区は特に防災対策に注力しており、新宿中央公園も「避難場所」に指定していることから、提案内容は区の方針とも合致すると考えました。そこで、喫煙所の詳細な仕様について部門をまたいだ協議を重ねた後、喫煙所を刷新し、令和4年12月に供用を始めました。
パーテーションを倉庫として、トイレットペーパーを保管
―新しい喫煙所はどのようなものなのですか。
福岡 防災に関する2つの機能を備えています。1つ目は、防災情報の発信拠点としての機能で、パーテーションの外壁と内壁に、防災に関するメッセージを掲出し、「発災時に取るべき行動」といった知識に利用者や通行人の目を留めてもらうようにしました。
小菅 2つ目は、防災倉庫としての機能です。新宿中央公園ではもともと約80基の災害用トイレを準備しているのですが、新たな喫煙所ではパーテーションに倉庫機能を設け、災害用トイレで使うトイレットペーパーを保管しています。
―喫煙所の刷新によってどういった効果を得ていますか。
福岡 実際の利用者などからの具体的な反応はまだ届いていませんが、平時における防災情報の発信拠点としては、効果を発揮できているのではと考えています。当区では従来、防災に関するメッセージが書かれたポスターを路上などに掲出してきましたが、人々に足を止めて読んでもらうのは難しいと感じていました。喫煙所であれば多くの利用者が数分間その場にとどまるため、メッセージをじっくり読んでもらえると期待しています。
小菅 なお、本来の喫煙所としての効果ですが、面積を従来設備の1.6倍に拡張したほか、パーテーションを高くし、入り口に足跡マークを付けたことにより、たばこを吸う人であふれる問題は解消できました。公園内において、望まない受動喫煙の防止と防災力の強化を同時に実現できた格好です。
中野 喫煙所の刷新に関してJTからはほかにも、デジタルサイネージを使った区の情報発信などユニークな提案を受けています。今後、区内で別の喫煙所を拡張する際も、現地のニーズを念頭に新しい付加価値をもった喫煙所への刷新を検討していきます。
公衆喫煙所のリニューアル②
「人が集まる拠点」と捉えれば、喫煙所には新たな価値が宿る
これまでは、公園内の喫煙所を刷新し、まちの防災力強化につなげた新宿区の取り組みを紹介した。ここでは、その取り組みを支援した日本たばこ産業を取材。住民理解を得ながら喫煙所を管理するためのポイントを、同社の山本氏に聞いた。
山本 聖貴やまもと まさき
昭和53年、兵庫県生まれ。京都産業大学法学部を卒業後、大手人材紹介会社に入社し、法人担当、営業企画などに従事。平成24年、日本たばこ産業株式会社に入社。新規営業、営業企画、「社会課題解決×喫煙所」の新規開発などを経験。現在は東京支社において、喫煙環境整備に従事。
喫煙所の特性は、防災拠点に適している
―喫煙所の管理に悩む自治体は増えているのですか。
はい。従前より全国では、望まない受動喫煙防止の観点から喫煙所の閉鎖や路上喫煙の禁止が進んでいました。そこへ、健康増進法の改正による第一種施設の敷地内禁煙と第二種施設の原則屋内禁煙、感染症対策としての喫煙所の一時閉鎖が重なりました。それにより、既存の公衆喫煙所にたばこを吸う人が過度に集中してしまう事象が多くの地域で発生しました。しかし、喫煙所の新設・拡張を行おうにも近隣住民の理解を得るのが難しく、対策に苦慮する自治体は少なくありません。
―どうすればよいのでしょう。
当社では、既存の喫煙所を、地域課題の解決に役立つ施設へと刷新することを提案しています。一般的に、自治体が管理している公衆喫煙所は、駅周辺や繁華街など、人が多く集まる場所にあります。そのため、喫煙所を単なる「たばこを吸う人と吸わない人の距離を保つ施設」ではなく、「多くの人が通行し、集まる施設」と捉えることで、そこに新たな付加価値を与えることができると我々は考えているのです。たとえば、公衆喫煙所はその特性上、防災機能を付与する場所として適しており、そこには2つのメリットがあります。
―どのようなメリットですか。
1つ目は、たばこを吸う人も吸わない人も、多くの人がその存在を認知していることです。災害時に備えた物資の保管場所は、「誰もが知っている場所」こそが最良の選択肢になりえます。2つ目は、情報発信の場としても適していることです。喫煙所でたばこを吸う人はおよそ5分程度、その場で立ち止まって過ごすことになるため、たとえば防災に関するメッセージを掲出した場合、それを読んでもらえる確率は高いでしょう。また、おもにたばこを吸う30~60代の男性は、世帯主である層と重なることも多いので、喫煙所で得た防災情報が家庭に浸透するという効果も期待できます。
そこで当社では、防災教育などを行っているNPO法人プラス・アーツとの連携のもと、自治体のニーズに合わせた「防災喫煙所」の設置を支援しています。
SDGsや地域活性化など、多様なテーマとも融合できる
―具体的に、どのような喫煙所を設置しているのですか。
たとえば、大阪府堺市の南海堺駅前に設置した喫煙所では、新宿区のようにパーテーションに防災情報の掲出物と倉庫を備えたほか、太陽電池と屋外LED照明を取り付けました。災害時に停電しても集散場所である駅前を照らせるようにしたのです。当社ではほかにも、デジタルサイネージを用いて平時には防災知識、災害時には避難情報をそれぞれ映し出すような仕組みや、太陽電池で発電した電力を災害時にスマートフォンなどの充電用に供給できる仕組みなども、提案する用意があります。
―自治体に対する今後の支援方針を聞かせてください。
喫煙所に新たな付加価値を持たせる当社の取り組みでは、「SDGsの推進」や「地域活性化」「障がい福祉」など、さまざまなテーマと融合させて喫煙所を刷新した事例があります。今後も、そうした豊富な実績を紹介しながら、地域美化や多様な地域課題の解決に向けた提案を行っていく方針です。ぜひお気軽にご連絡ください。
地域にちなんだデザインで、シビックプライドを醸成
【場所】花小金井・小平・新小平・一橋学園の各駅付近
【テーマ】観光・特産 × アート
小平市では、地域にちなんだグラフィックアートを用い、市内の鉄道4駅付近にある公衆喫煙所を刷新した。この取り組みは、地域に対する愛着「シビックプライド」の向上を目的とした産官学連携プロジェクトの一環。その土地ならではのイメージを喚起させるグラフィックパターンを制作し、媒体やグッズ、まちの景観などに使用しているという。喫煙所の壁面には、武蔵野美術大学の学生が制作したグラフィックアートが施された。デザインは、小平市に縁のある「丸ポスト」と特産の「ブルーベリー」「梨」「糧うどん」、市内を流れる「玉川上水」などをモチーフとしている。
障がい者が描いた絵をもとに、葛飾北斎のふるさとをアピール
【場所】錦糸町駅北口
【テーマ】障がい福祉 × アート
墨田区では、同区をふるさととする葛飾北斎の代表作「冨嶽三十六景」のデザインアートを施した公衆喫煙所が設置された。この取り組みは、墨田区観光協会が主催する、アートに関する障がい福祉事業「みんな北斎プロジェクト」の一環。施されたデザインは、区内福祉施設の112人、漫画家しりあがり寿氏、北斎オリジナル、の各作品をミックスさせたもの。喫煙所の幅は約14.5mと墨田区内でも最大級で、デザインが壁一面に広がる。公衆喫煙所を駅前の「北斎ギャラリー」とすることで、墨田区が北斎のふるさとであることを広く世の中にアピールしていく。